説話1

□青く、ただ蒼く
1ページ/1ページ

草木が青々と萌える初夏の頃。放課後になり、太陽が傾いてきても気温は下がらない。生徒達は気崩した制服を更に捲りあげ、流れる汗を拭いていた。
高橋修二は軽音部の部室である、昔音楽室として使われていた教室に向かう。左耳にはiPodに繋がれたイヤホンをつけており、そこからは意味のなさない音楽が永遠と流れていた。
音楽の曲に意味はない。音楽を聞くことに意味があるのだから。
部室のドアに手をかける。いつもなら鍵がかかっているはずなのに珍しく今日は開いていた。腕時計を見ると四時丁度。
こんな時間に俺以外がいるなんて、と思いつつもドアを開ける。
風に揺られふわりと膨らむ白いカーテン。その近くにある机に癖っ毛の少年が座っていた。勿論修二のバンドのメンバーではなく、学校生活でも見かけたことがないので違う学年だろう。その少年が修二に気付いた。
「久しぶり、シュウ」
どうしてこいつは俺の名前を知ってるんだ。一言も話した記憶は無いのに。
「それ、持ってるのギター……じゃないよね。ベース?」
「……あぁ」
そんなことお前に関係無いじゃないか。
「ちょっと聞かせてよ」
「……お前に聞かせる義理は無い。そもそもお前は誰だ?」
修二がそう言うと少年は少し、俯いた。
「………俺のこと、本当に覚えてない?」
ぼそっと少年は俯いたまま呟いた。
昨日廊下でぶつかった男子生徒?それとも転校したあいつ?もしくはスタジオで会ったあの人?
どれも当てはまらない。
「俺は、広夢。野中広夢」
「ヒロ…、ム?」
何処かで聞いたことがある気がした。少し変わっているけれど可愛い名前だと、思って。
「……―――っ!!」
思い出した。
特徴的なくりくりの毛。誰にでもなつきそうな、無邪気な笑顔。
でも、ヒロムは、
「……十年前に事故で、」
亡くなった。
色んな出来事がフラッシュバックする。小学一年生の頃、兄弟のように仲が良かったヒロムと遊んでいたとき、
俺の後ろを着けてヒロムは道路を横切ろうとした。
轟音がしたと振り向けば、信号無視をしたダンプカーがヒロムに突っ込んでいた。あり得ないほど血が出て。あり得ない方向に腕が、足が、頭が曲がって。
周囲の悲鳴。
ヒロムのお母さんの泣き崩れる声。
『修二は悪くないのよ』
何かを聞いていないとあのダンプカーのクラクション音が聞こえてくるようで。家にあったCDデッキに入っていた曲を永遠に流した。音楽を聞いているとヒロムが死んだ事実を忘れることが出来た。俺がヒロムを殺したと思わなかった。現実逃避が出来た。
それが習慣になり、いつの間にかヒロムを、忘れていた。音楽を聞く意味を、忘れていた。
「……思い出せた?」
寂しそうに微笑みながら広夢は言う。
「………」
こくん。
忘れていた衝撃が大きすぎて、思い出した衝撃が大きすぎて、言葉が出ない。
「シュウはずっと、俺を殺したんじゃないか、って苦しんでると思ってた。そうじゃないよ。俺は、」
ガラッ
広夢の語尾は物音に掻き消された。
「あっれー、何でここ開いてんの?修二ピッキングした?俺、鍵持ってるんだけど」
修二のバンドメンバーが来たのだった。右手にこの部屋の鍵を持っている。腕時計を見ると四時一分。部室に入った時から少しも経っていない。広夢とは十分程話したはずなのに。
先ほどまで広夢が座っていた場所を見ると、ただ白いカーテンが風に揺れているだけだった。

2009/09/05

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ