説話1

□ぴんぴんぴんく
1ページ/5ページ



ふわふわの桃色の毛玉が硬くて黒い学校指定鞄の上で揺れる。
その持ち主は今にも鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌で高校へと向かう道を歩いていた。
周りには休日開けで高校生生活を憂鬱に思うのか重い足取りのものばかりで、対照的でもある。
「あ、」
ふと、立ち止まる。
目線の先には同じ学校でサッカー部に所属している二年の中村がいた。
日に焼けた健康的な肌に人懐っこい笑みを浮かべ、友人たちと談笑しながら歩いていた。
校内でも人気のある憧れの先輩である。
当然菜々美も無意識に目で追ってしまう存在だが、それ以上でもそれ以下でもない。
まだ時間はあるから、と中村達の速度に合わせて菜々美も歩く。
憧れの中村先輩と登校時間が被ったと友人に話せば羨ましいがられると、菜々美は思ったからだ。
嬉々とした気分で足を進める。
ふと、目線を感じて辺りを見回す。
中村の集団がこちらを見ていた。
いやもしかしたらそれは自意識過剰なだけで、実際は菜々美の後ろの誰かを見ているだけだろうと気にしなかった。
無意味であろうざわついている集団が視界の端にあるが歩く。
ちらちらと、集団が見えたり見えなかったり。
これではまるで。
「君、一年生かな」
「え……」
気付けば目の前に中村が立っていて、菜々美は顔に熱が集まっていくのを感じた。
「赤いタイだから一年生だね。俺は二年の中村って言うんだけど」
知ってます、先輩有名人だから、なんて言えない。
あの皆の憧れの先輩が目の前にいることを菜々美は信じられなかった。
これは小明に自慢だ、と思っていたら予想外のことが起こった。
「あの、君のこといいなって思って……俗に言う一目惚れってやつなんだけど、よかったら俺と付き合ってくれないかな」
菜々美の目の前が真っ白になった。
「それで走って教室まで来たと」
「笑い事じゃないよ、小明……」
くっくっ、と喉の奥で笑う独特な笑い方で、小明は朝から友人の笑い話を聞かされていた。
「でも連絡先は貰ったんでしょう。菜々美にその気が無いのなら御断りすればいいじゃん」
「何でもないように言うけど、あの中村先輩なんだよ。振ったら学校中の女子に白い目で見られるかもしれないことに加えて、付き合えば嫌がらせとか……」
「自意識過剰。菜々美は否定思考過ぎんだよ」
そうは言うけど、という言葉を寸でのところで菜々美は飲み込んだ。
前々から菜々美は自身の短所を理解していて治そうと努力していた。
いつまでも否定していては治らない、前にも進めない。
今朝の中村のことも同じで、ずっと唸っていても答えが出る筈もない。
少しでも短所を治すいい機会なのでは、と菜々美は決意を固めた。
「うん、中村先輩と付き合うよ」
優柔不断な菜々美にしては珍しくはっきりと答えが出たからか、小明は少し驚いたように頷いた。
「そっか。まぁ何事も経験だよ」
「何、その言い方」
「別にー、でも菜々美って中村先輩に対してそこまでキャーキャー言ってなかった気がするんだけど」
「……格好いいとは思うんだけどね、何か好めないの」
小明の的確な指摘に、菜々美は一瞬言葉をつまらせるも本音を言った。
菜々美にとって中村は憧れの存在ではあるのだが、何処か好めないところがあった。
それが何かは具体的には分からないが、確かに存在しているのだ。
「えー好めない人と付き合うんだー信じられないー」
「小明に言われたくない。彼氏いるのに中村先輩中村先輩っていつも言ってるもの」
「彼氏公認だから大丈夫なんですー。中村先輩はアイドルだもん。ジャニーズにキャーキャー言ってるのと同じ」
小明は冗談だと丸分かりの口調で菜々美を挑発するが、いつものことなので流石に慣れそれを軽くあしらった。
一応彼氏と中村の態度には違いを付けているらしく、小明が彼氏と喧嘩した話を菜々美は聞いたことがない。
それなりに上手くやっているのだろう、と菜々美は思った。
小明の右手と首元の黒い合皮のアクセサリー。
一見すれば厳しい性格のようにも考えられ周りを敬遠するが、小明のそのような趣味も彼氏は受け入れているのだ。
いつ見ても微笑ましい恋人たちである。
他愛も無い会話をしていたら、手の中の携帯電話が震えた。
菜々美は話ながら今朝の告白の返信をしていて、今日の放課後一緒に帰ろう、という中村のメールは簡潔だった。
菜々美は内容を確認したあと、携帯電話を制服のポケットに閉まった。

.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ