夢小説 長編『child's play』

□child's playV
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 玉座まで伸びた真紅の絨毯を、黄金の踵が音も無く踏み締めていく。
「山羊座のシュラ、ただいま任務より戻りました」
 シュラは背のマントをバサリと捌き、教皇の前に跪いた。
「今回の任務、大儀だったな。リヴァイアサンの退治も御苦労だった」
「やはり御存知でしたか」
「あれだけ派手に小宇宙を燃やしておれば嫌でも気付くわ。ヘスティア様もだ。全くあの方は大層なお転婆娘だ」
 愉快そうに笑ったシオンは、しかし直ぐに表情を正した。
「で、目的のものは見付かったか?」
「は、恐らくこれかと…」
 シュラはガラス瓶に入った植物を取り出した。広幅の長い葉と太くしっかりした茎を持つその植物は、外敵から身を守るためなのだろうか、硬く鋭利な棘がその茎全体に生えていた。
 シュラから受け取った植物を見たシオンは、その表情を強張らせた。
「やはり…」
「教皇、その植物は一体?」
「シーブ・イッサヒル・アメルだ」
「シーブ・イッサヒル・アメル?」
 初めて聞く植物の名前にシュラは首を傾げた。
「お前たち、この草の棘で怪我をしなかったか?その顔の傷は?」
 シオンはその端正な顔立ちにはおよそ似つかわしくない、険しい表情を浮かべていた。
「これはリヴァイアサンにやられたもので、その棘については聖衣を装着していたので恐らく大丈夫かと」
「そうか…。ならば良い。体も冷えているであろう。もう下がって良いぞ」
 シオンはそれだけ言うとシュラに退室を命じた。

「シュラ!」
 教皇の間を出たところで背後から声を掛けられた。振り替えると、先程一旦別れたカミュが歩いてくる。
「カミュか…。万里亜は?」
「今部屋へ御送りしてきた。それより報告は済んだのか?」
「ああ」
 済まなかった、と小さく頭を下げたカミュを軽く手で制したシュラは、腕組みをしながら先刻のシオンとの遣り取りをカミュに話した。
「…シーブ・イッサヒル・アメル?どこかで聞いた事がある名前だが…。他に何か仰っていたか」
「俺たちが、あの植物の棘で怪我をしなかったか訊かれた」
「棘で怪我を?」
「ああ。俺は大丈夫だと思うが、お前はどうだ?」
「そうだな…」
 カミュは腕組みをし、指を顎に当て記憶を辿ってみる。リヴァイアサンに吹き飛ばされた時に、もしかしたら傷を負ったかもしれない。しかし、あの時は戦闘に集中していて、そこまではっきり覚えていなかった。
「もしかしたらその棘で傷を作ったかもしれんが、はっきりとした事は言えないな」
 確かに、彼らはリヴァイアサンの強烈な破壊力で何度か海底に叩きつけられている。その時にあの有棘植物の繁茂する辺りにも吹き飛ばされたのは確かだった。
「教皇が何を危惧されているか分からんが、これ以上妙な事が起こらねばよいのだか…」
 カミュの言葉にシュラも頷いた。
「同感だ」
 海底に異変が起こり、単身極秘調査を行っていたカノンも影響を受けた。シオンの様子からも、一連の出来事がただ事でないと推察できる。
 男達は互いに顔を見合わせる。
 そこはかとない不安を感じつつも自宮へ帰るため、教皇宮を後にした。
 まだ海水浴を十分に楽しめる季節だったが、海水に濡れた体は随分冷えてしまっていた。それに、残痕は全て宝珠に吸収されたとはいえ、彼ら二人もリヴァイアサンの返り血を被っていた。その感触や臭いも早々に洗い流してしまいたかった。
 
 万里亜はカミュに部屋まで送られた後、すっかり冷え切った体を温めるため、熱い湯を張った湯船に浸っていた。浴槽の縁に頭を載せてぼんやりと天井を見上げながら、頭の片隅で今日の出来事を反芻する。
 海底に降りる事をサガに引き留められ、一時の感情に任せて彼の頬を打った事。心ならずもアフロディーテに狼藉を働いてしまった事。リヴァイアサン討伐の際に醜穢な場面をシュラとカミュに見せてしまった事。
 一人の人間としては勿論、神としても未熟で、精神も小宇宙も制御しきれていないが故の醜態だった。
 リヴァイアサンの凶悪性は、ヘスティアの記憶で知り過ぎる程に知っていた。あの怪物と対等に渡り合うためには海将軍の力が必要で、例え黄金位であっても聖闘士には極めて困難だったのだ。
 海将軍もポセイドンもいない。アテナは非力な少女になっている。この状況では、どうしても万里亜が出撃するより他に方法はなかった。 
 しかも、海底では既にリヴァイアサンがシュラとカミュを攻撃対象とみなし、戦闘が開始されていた。あの攻撃を回避しつつ二人を聖域に瞬間移動させるだけの力を、今の万里亜は身に付けていなかった。
 全て仕方なかった事だが、一連の出来事は、万里亜が自己嫌悪に陥るには十分だった。
 一方で、カノンの件も気になる。海底神殿に繁茂していた植物は、間違いなくシーブ・イッサヒル・アメルだった。
 それは古代から伝わる若返りの植物で、本来なら中東にごく近い海底にしか生えていない海草だ。
 恐らくリヴァイアサンが近海を回遊するうちに種子が運ばれてきたのだろう。さほど生命力の強い植物ではないので、限られた地域でしか生息出来ないはず。
 もしかしたらポセイドンの結界内に入った事で、繁殖が可能になったのかもしれない。
「そうだと分かっても、一体どうすれば元に戻せるのかしら…」
 ひとまず、カノンの幼児化が作為的なものでない事は分かった。次はその先だ。一旦若返った体を戻す方法を探し出さなければならない。
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