夢小説 長編『child's play』

□child's playU
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 貴鬼から借りた洋服は少々だぶつくとは言え、一応体裁は整えられた。それでも、いつ元の姿に戻れるか分からないので、シオンに許可を取りアテネまで買い物に行く事にした。
 サガは、教皇補佐役の正装である濃紺の法衣を暑い中でも真面目に着ているので、双児宮へ着替えに帰した。
 貴鬼がカノンと遊んでやっているが、貴鬼も、あのカノンがこのような姿になってしまっている事に戸惑いを隠せない様子だ。
「カノンさん、何しに海底神殿に行ったのかしら…」
「アテナの壺の確認には、つい10日ほど前に行っておりましたが」
「ですよね」
 監視業務以外に海底神殿へ赴く目的が今一つ見えてこない。元々口数も少ない方なので、正規の任務外の事は事後報告が多い。
 最も、報告書はきちんと作成し一両日中には提出されるので、シオンも口喧しい事は言わないのだ。
「困ったわねえ…」
「困りましたな…」
 困った困ったと言う割には、大して深刻な様子でもない二人は貴鬼が淹れてくれた茶を飲みながら、戯れている子供達を眺めていた。

 白羊宮へ再び現れたサガは、ボーダーカットソーにネイビーシャツを羽織り、白のアンクルパンツという出で立ちだった。彼にしては珍しく、大分カジュアルな服装だが、とても良く似合っていた。
 万里亜とカノンの服装に合わせたようだが、こういう格好をしているとカノンと見間違えそうになってしまう。
「大変お待たせ致しまして、申し訳ございませんでした」
「いえいえ、そんなに待ってないですよ。じゃあ、行きましょうか。教皇様は、ちゃんとお仕事なさって下さいね」
 ソファから立ち上がった万里亜は、このまま放っておくと自主欠勤しそうなシオンに釘を刺し、貴鬼に礼を言ってから、サガとカノンと一緒に白羊宮を立ち去った。

 聖域の外からバスとトラムを乗り継いでアテネ市街へ出た。子供服を買える店をスマートフォンで検索し、とりあえず、最近出来たと話題の大型ショッピングモールに行ってみる事にした。
「こういう所なら大体揃うと思うんですけど…。あ、それから言葉遣い、気を付けてくださいね」
 万里亜は、館内の案内図を見ながら子供服の店を探している。肌着なども買わないといけないが、そういう店はあるのだろうか。
 万里亜が案内図のパンフレットを広げて「ここと、ここに行ってみましょう」と先導する。カノンは並んでいる店が気になるのか、サガの手を引っ張って「あっちー」とか「こっちー」とか言っている。
 それでも大人のサガを動かせるほどの力があるわけでもなく、簡単に抱き上げられてしまう。 
「パパー!おろしてよー!」
 カノンの叫びに万里亜とサガの動きが止まった。
 前を歩いていた万里亜がゆっくりと振り返る。サガとカノンを見るその顔は、明らかに引き攣っている。
「…今、パパって?」
「え、いや…その…」
 サガも状況が呑み込めないようで、明らかに動揺している。
「サガさん、その子本当にカノンさんですか?」
 疑いの眼差しが向けられ、一層困惑するサガに、カノンがさらに続ける。
「パパ、ぼくあるけるよ!」
 万里亜は額に右手を当て大きな溜息をつくと、近くにあったベンチを顎で指し「座れ」と目で合図する。
「…どういう事ですか、サガさん」
「どうもこうも…」
 無言で座っている二人を、カノンはきょとんとした顔で見上げている。
「ねえ、パパぁ。ママと『にいに』はどこ?」
 サガの膝の間に立って、甘えるように抱きつくカノンを見て、サガは何かに気づいたようだ。
「ああ、分かりました」
「何が」
「私達は父親似なのです。だから、カノンには私が父に見えるのでしょう」
「なるほどね…。で、サガさんは『にいに』って呼ばれていたわけですね」
 サガを見てニヤつく万里亜は、きっと今後はこの事をネタにしてサガとカノンをからかってくるのだろう。全く厄介な事に巻き込まれてしまった。先を考えると思いやられるが、サガを父親と勘違いしているカノンに、万里亜は優しく話しかけていた。
「ねえ、カノン君。今日はね、ママと『にいに』はお留守番なの」
「どうして?」
「御用事があるんだって。だからね、パパとカノン君とお姉ちゃんの三人でお買い物に来たんだよ。お姉ちゃんとお買い物してくれるかな?」
「うん、いいよ。おねえちゃんかわいし、ママにちょっとにてるもん」
「ありがとう」
 笑顔でカノンの頭を撫でる万里亜は、確かに彼らの母親にどことなく雰囲気が似ている。姿形が似ているのではない。幼い子供に傾ける慈愛の心が、そう見せているのだろうか。
 孤児の守り神でもあるヘスティア神は、元来愛情深い女神だ。その化身である万里亜も、日本では児童養護施設に勤務をしていた。彼女の持つ魂は、常に『守る』事を業としているのだろう。

 聖域でも、自分達の前でも、決して見せた事のない女神の微笑みだった。
 日常では、時々言葉遣いが雑だったり、少々お転婆な面が見える万里亜だが、このような場面を見ると、否応なく彼女の母性を認識させられる。
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