夢小説 長編『child's play』

□child's playV
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 ポセイドン神殿の最深部─玉座の間よりもさらに奥にある祭壇の間に祀られている宝珠。これを取りに行けと万里亜に命じられたシュラとカミュ。無人の神殿で行く手を阻むものは何もなく、二人は回廊を駆け抜けて行った。
 玉座の間を抜け回廊の付き当たりに石造りの扉を見つけた。
「ここか…」
 屈まないと長身の二人は頭をぶつけてしまうくらい背の低い入口だった。
 扉を押し開けると、部屋の中は深海を思わせる円形の高い天井に、たゆたう光を周囲に乱反射させた巨大な万華鏡を連想させる何とも幻想的な空間だった。光の反射加減なのか、本当に海水が満ちているのか分からなくなる。しかし、部屋に足を踏み入れればそこに水がないと分かる。
「不思議な空間だな…」
 シュラが感心したような口調で室内をぐるりと見渡した。
「…ああ」
 同調したカミュは、中央の台座に置かれている宝珠を見つけ手に取った。
「これを使ってリヴァイアサンを封じ込めると言う訳か」
「ただ討っただけでは足りないと言う事か…」
 シュラはリヴァイアサンの腹の中から生還した時の万里亜の姿を思い出し、顔を顰めた。そしてここに来たのが魚座の親友でなくて良かったと心の底から思った。
 宝珠を手に入れた二人は万里亜の下へ戻った。
 降り続く海水の雨に打たれ、血肉に塗れた万里亜の体は少しずつ本来の色を取り戻そうとしていた。
「ヘスティア様、神殿の奥より宝珠を持って参りました」
 二人の男は万里亜の足元に膝を着くと、深い海の色に輝く珠を差し出した。
「御苦労でしたね」
 足元の二人を見て微笑んだ万里亜は両手で包むように宝珠を持ち、それに向かって祈りを捧げた。
 すると四散していたリヴァイアサンの肉片や肉塊が、光の中に溶けるように輝きを放ち始めた。
 光の筋となったリヴァイアサンの体は見る間に宝珠に吸収されていき、後には一片の肉も一滴の血も残らなかった。万里亜の体に付着していた血液に至るまで、微塵の痕跡も残さず全て珠に納められた。
「カミュさん、これを元の場所に納めてきて下さいますか」
 そう言って宝珠をカミュに手渡した万里亜は、聖域で見る普段通りの姿だった。
「御意」
 カミュは恭しく頭を垂れると、マントを翻して再びポセイドン神殿へ入って行った。
 カミュの後ろ姿を見送りながら、シュラが口を開いた。
「万里亜よ。それがヘスティアの神聖衣なのか」
「ええ、そうみたいです。見た目は重装備ですけど、軽くて動きやすいですよ」
 少し気恥ずかしそうに話す万里亜の一体どこに、あの怪物をたった一人で倒せるだけの圧倒的な力が眠っていたというのか。シュラは空恐ろしくなった。
「あの、シュラさん…」
 おずおずと遠慮がちにシュラを見上げた万里亜は、何かを言いたそうな様子で、もじもじしている。
「…アフロディーテか?」
 何気なくそう言ったのだが、万里亜は途端に驚いた表情になって何度も大きく頷いた。
「実は、ここに来るのを止められたんです」
「そうだろうな」
 万里亜は俯きがちに視線を足元にさまよわせ、両手を胸の前に組んで親指を擦りあわせている。
 デスマスクほど女心の機微に聡い訳ではないが、全くの朴念仁という訳でもないシュラには万里亜が何を言いたいのか大方察しがつく。
「さっきの件については、アイツに話すつもりなどない。俺達は任務内容の守秘義務がある。仲間内でも特段の事情がなければ話すことはしない。だが、お前の小宇宙は聖域の連中にもはっきりと感じ取れたはずだ。もし何か訊かれれば適当に言い繕ってやるが、それ以上の事は出来んぞ」
 ぶっきらぼうな言い方だが、シュラが心優しい男である事は先刻承知済みだ。万里亜はホッと息をつくと安心した様に笑顔を見せた。
「ありがとうございます」
「礼には及ばん」
「はい!」
 いつもと変わらない笑顔を向けた万里亜からは、既にあの圧倒的小宇宙を感じ取れなくなっていた。
「お前は不思議な奴だ」
「え?」
「いや、何でもない。それより、それを着たまま聖域に戻るつもりか」
「あっ…」
 自分の姿を改めて見回した万里亜は苦笑をしながら、「これじゃあ、バレバレですよね」と小さく舌を出し肩を竦めた。

 万里亜が神の化身で強大無比の力を持っているのは間違いないのだが、それが発動されるのは何か危機的状況が起こった時に限定されるようだ。
 頻繁に起こる事でなくとも、これが繰り返される事で万里亜の人格がヘスティアに取って変わられるのでは、とシュラは危惧していた。アフロディーテのためにも、万里亜を神の領域へ近付けたくなかった。

 
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