夢小説 長編『child's play』

□child ' s playY
1ページ/10ページ

 万里亜の迎えに、聖域からサガとカノンが来日した。
「ヘスティア様、この通りカノンは元に戻ることが出来ました。そしてこのカノンの働きで、ヘスティア様に不敬な真似をした女官等を拘束しました。その者共を審判するためにも、何卒御帰還を」
 膝を着いて頭を垂れる双子に万里亜は困惑した。姉のいる前でこのような畏まった態度をされては、彼らと聖域へ帰らざるを得ない。
 ここで拒否などしようものなら、姉から何を言われるか分かったものではない。
「万里亜、私は上に行っているから、きちんと話をするのよ」
 ガラステーブルに使い捨ての紙製コースターを置いて、そこに冷たい麦茶の入ったグラスを載せながらハルカが静かに言った。
「どうぞごゆっくり」
 サガとカノンに笑顔を向けたハルカだが、それは明らかな作り笑顔だった。目が笑っていない。
「ハルカ様も御同席願えますか」
 カノンがハルカを引き止めた。
「…何故でしょう?」
「我々が万里亜さんを力ずくで連れ帰る可能性をお考えにならないのであれば構いませんが」
 ハルカとカノンの視線がぶつかる。万里亜は物怖じしない姉にハラハラした。聖闘士であり海闘士でもあるカノンが一般人のハルカに害をなす事は有り得ないが、逆なら十分考えられる。万里亜としては姉がいない方が話しやすいのだが、いてくれると心強いと矛盾した気持ちがある。
「…万里亜、あんたはどうなの?」
 昨日ハルカには事情を話してある。今更あれこれ秘密にするのも却って不自然だ。
「…お願いします」
 万里亜は姉に頭を下げた。

 兄弟と姉妹は差し向かいに座った。
 まず口を開いたのはハルカだった。
「この度は妹が大変な御心配と御迷惑をお掛けしまして、申し訳ありません。改めてお詫び申し上げます」
 ソファから立ち上がったハルカは、深々と頭を下げた。それを受けたサガも同じく頭を下げた。
「私共の方こそ、この度は何とお詫びすれば良いのか…。誠に申し訳ありませんでした」
 万里亜は姉にまでこんな事をさせてしまった己の浅はかさを恥じていた。また、多忙な双子をわざわざ日本まで来させたのも、結局は自分が原因なのだ。本来、いの一番に謝らなければならないのは自分なのだ。
「あ…あの、私が勝手をしたせいでこんなにも御手数をお掛けしてすみません」
 体を小さくして謝る万里亜に、ハルカが言った。
「確かに、万里亜の勝手な行動は社会人として誉められる行動じゃないわね。だけどあんたが追い詰められた原因というのがね。私はそこに非常に腹を立てているし、それに立ち向かえないあんたの弱さにも腹が立つの。因みに彼らはあんたが何を言われ何をされたのか全て御存知だからね」
 ハルカの言葉に万里亜の表情が強張った。女官達から嫌がらせを受けたなど、聖域内部に知られたくなかったのに。
 ハルカは双子に鋭い視線を向けて言い放った。
「まず、差別をするのは良くないですよね。特に人種や容姿で他人を貶めるなど論外です!」
「お姉ちゃん、それは別にこのお二人からされたわけじゃないから…」
 慌ててフォローに回った万里亜だが、それを姉は一蹴した。
「管理責任を問われる立場の方でしょ?」
 それと、とハルカは万里亜の方に向き直った。
「容姿を云々言われて傷付くなんて、それはあんたに自惚れがあったからじゃない?こんな美男ばかりがいるんじゃ、引き立て役と言われても仕方ないと思わない?言っとくけど、あんたそこまで美人じゃないよ」
 ハルカの言葉は辛辣だった。万里亜とて、自分が美人ではないなど百も承知している。同じ両親から生まれたのに姉は容姿に恵まれている。幼い頃から散々比較されて育ってきたのだ。今更自惚れも何もあるはずがない。
「ギリシャに戻ったらまた同じ事があるかもしれない。それを承知で戻るか、このまま職場放棄して日本に帰ってくるか。どうする?」
 ハルカが万里亜に選択を迫る。聖域に戻るなら双子と共に帰るし、日本に残るなら、彼らとはこの場限りでさよならだ。
「あの、アフロディーテさんは?今どうしていますか?冥闘士の女の子は?」
 あの後アフロディーテと冥闘士の少女はどうしたのだろう。カノンが大人に戻っているのだから彼女の仕事は成功したのだ。しかしあれだけ苦しんでいた少女が無傷でいられたとも思えなかった。
「アフロディーテならお前の帰りを待っている。メリッサは…色々あったが、ひとまず家に帰った」
 それを聞いて先に口を開いたのはハルカだった。
「良かったじゃない。彼氏が待ってるなら大丈夫でしょ。ギリシャに戻ったら?それで、女官達からはきちんと謝罪を受けるんだよ」
 カノンからの情報は嬉しい内容だったが、聖域に戻って例え担当の女官を変えても同じ事が繰り返されるのではないか、と不安がある。
「でも私…お姉ちゃんみたいに強くないし…。お姉ちゃんがヘスティアだったら良かったのに…。美人だし頭も良いし、よっぽど適任だよ」
 自分と違い、この姉ならきっとどんな困難も克服出来るだろう。万里亜は卑屈になっている自分の弱さがつくづく嫌になる。その負の感情が万里亜の小宇宙にも影響を及ぼし始めている。
 先程から姉妹のやり取りを無言で見守っていたサガだったが、不安定な小宇宙を察し、どうしたものか即断できずにいる。
 このままの状態で聖域に連れ帰れば、先々災厄の元になる恐れがある。
 今の万里亜は自信を喪失し正しい判断も下せない精神状態だ。このまま話し合いを続けても良い結果は得られない。かと言って、無理に連れ帰り途中で万里亜の小宇宙が暴走しては、いかに黄金聖闘士の自分達といえどとても対抗出来るものではない。万里亜の能力は黄金聖闘士の力などとっくに凌駕している。それに気付いていないのは本人だけだ。
 サガとカノンは小さく頷きあった。
「今日の所は一旦失礼します。明日出直しますが、宜しいでしょうか」
 サガが確認をすると、ハルカが首を横に振った。
「いいえ、その必要はありません。
万里亜はギリシャに帰します。出国の飛行機が決まり次第、御連絡ください」
「お姉ちゃん…!?」
「しかし、ハルカ様…」
 ハルカは鼻を鳴らして笑った。
「この子を甘やかさないでくださいね。あんたも自分の立場に甘えないの。何が『お姉ちゃんみたいに強くない』よ。だったら強くなりなさい!悪貨は良貨を駆逐するって言葉知ってる?正しい行いをしたければ、悪に打ち克つ力を持ちなさい。口先だけの善や正義なんて無意味なんだからね」
 ハルカは万里亜に厳しい。それこそ幼い頃からずっとだ。意地悪ではないが、姉には逆らいがたい雰囲気があるしその主張も心の中では正しいと理解している。
「…サガさん、姉の言う通りです。飛行機の手配お願いします」
 万里亜はそう言って頭を下げた。ハルカはその様子に心の中で胸を撫で下ろしていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ