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□呼び方
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多分、初めて顔を合わせた時から、あなたのことが好きでした。


「ししどさぁーん!」
教室移動の時に、廊下で宍戸さんの姿を見かけた。
「あっ、鳳!」
俺に気づいた宍戸さんが、笑顔で軽く手を挙げ応えてくれた。
宍戸さんの隣には、芥川先輩がいる。
俺の姿を認め、軽く表情をしかめた。
芥川先輩は、俺の気持ちを知っている。
と言うか、宍戸さん以外のテニス部員はみんな俺の気持ちに気づいている。
なぜ宍戸さんが気づかないのか不思議だ。
結構露骨にアプローチしてるんだけどな......。
「次、音楽なのか?」
「はい!」
そんな、なんてことのない会話を交わすために、俺は休み時間の度に宍戸さんの姿を求めて、彼の視界に入るところになるべくいるようにしている。
今日もまた、昼休みに一緒にお弁当を食べる約束を交わしていると、横から芥川先輩が割り込んできた。
「りょーちゃん、そろそろ行かないと」
そう言いながら宍戸さんの腕を取って、グイグイ引っ張る。
チラッと俺に向ける視線が冷たい。
「わかってるって」
宍戸さんは、芥川先輩の手を振りほどくでもなく、優しくその頭にポンと手を置いた。
俺は、宍戸さんの頬に手を添えた。
「じゃあ、また昼休みに」


「ってか、そのりょーちゃんってやめろよな」
鳳と別れからすぐに、亮ちゃんが俺の頭を軽く小突いた。
痛くはないけど、なんか心がチクっとした。
「別にいいじゃん。りょーちゃんはりょーちゃんなんだC」
「ジロー、なんか鳳に怒ってる?」
「.....」
「鳳といる時だけじゃん?おまえがりょーちゃんって呼ぶの」
そうだよね。
さすがに激鈍のりょーちゃんでも気づくよね。
俺は心の中で呟いた。
「なんで鳳を目の敵にすんの?」
「別にそんなつもりないC」
「嘘つくな。おまえと何年付き合ってると思ってんだよ」
亮ちゃんは呆れたような、少し寂しそうな、なんとも言えない顔をして俺を見た。
「Oとりに、とられたくないんだ...」
「???」
亮ちゃんは、俺の呟きに訳が分からないって様子でため息をついた。
「りょーちゃん.....」
「まぁ、おまえが意味もなく後輩をいびったりしないって知ってるし。なんか事情があるんだろうよ」
そう言って、俺の頭を優しくぽんぽんと触った。
「でもさ、鳳いい奴だから、あんまつんけんすんなよ?」
鳳なんかに負けないから!
そう意気込みを入れてる俺に、亮ちゃんの言葉は鈍く刺さった。
ほんとはね、俺、とっくに分かってるんだ。
亮ちゃんも気づいてない、亮ちゃんの気持ちに。
でも、亮ちゃんが気づくまで、せめて悪あがきさせてほC。


昼休み、俺は宍戸さんと二人でお弁当を広げていた。
他のレギュラー達とは別行動だ。
ダブルスを組むようになってしばらくして、俺は宍戸さんを独り占めしたくて「作戦会議しましょう!」とうまいことを言って、昼は宍戸さんと二人だけで過ごしている。
実際、ダブルスを組んで間もない俺たちは、お互いのことをより深く知ることで、少しずつ息を合わせてきた。
そうは言っても、二人だけで特訓した実績があるから、比較的お互いの動きは分かるし、合わせることは難しくはないんだけど。
要は体よく理由をつけて、宍戸さんと二人の時間が持ちたかったんだ。
「ね、宍戸さん」
「なんだー?」
チーズサンドをモグモグしながら、宍戸さんが俺を見上げる。
あぁ、なんてカワイイんだろう。
俺は胸の高鳴りを悟られないようにするので、精一杯だ。
「宍戸さんは、芥川先輩に優しいですよね......」
「そうか?」
首を傾げるその姿もカワイイ。
「触られても怒らないし....名前で呼ぶし」
俺の言葉に宍戸さんがフッと笑った。
「なんだ?やきもちかよ?」
指先をペロリと舐める宍戸さんから、目を離せない。
「おかしいですか?」
俺は宍戸さんの手をとった。
宍戸さんが俺を見つめる。
「あぁ、おかしいな。なんだってそんなジローのこと気にすんだよ?」
「.....」
「ジローもおまえのことやたら気にしてるし」
「ライバルだからですかね...」
「なんのライバルだよ」
宍戸さんがおかしそうに笑う。
その豪快な、屈託ない笑顔が好きだ。
独り占めしたいと思う。


ガチャッ。
屋上に続く扉が音を立てた。
パッとそちらに視線をやると、そこには跡部部長と忍足先輩がいた。
宍戸さんがゆっくりと俺の手から自分の手を外す。
忍足先輩が「あかん、先客や」と言い、跡部部長が「邪魔するぜ」と言い、俺達の方へやって来た。
宍戸さんはそんな二人に「おう」と軽く挨拶をした。
俺は、せっかくの二人だけの時間に水を差されて、小さく頭を下げるのが精一杯だ。
こんな自分の狭量さが嫌になるけど、宍戸さんが絡むとどうしてもそうなってしまう。
「なんや、鳳は迷惑そうやなぁ」
忍足先輩がニヤニヤしながら、俺をからかってくる。
この人は苦手だ。
芥川先輩とは違った意味で、俺に絡んでくるから。
「跡部が屋上に来るなんて珍しいな」
宍戸さんはチーズサンドの残りを口に運びながら、跡部部長を見た。
「まぁ...たまにはな」
跡部部長は珍しく歯切れが悪い。
宍戸さんはそんな部長の様子に気づいた風もなく、のんびりと残りのおかずを片付けていた。
俺は、部長と忍足先輩の雰囲気から、なんとなく感じるものがあって、そそくさと弁当の残りを片付ける。
部長は缶コーヒーを飲みながら、宍戸さんと話をしている。
その話の内容が気になりながらも、二人の間に割り込むこともできず、俺は一人イライラしていた。
そんな俺に、忍足先輩が話しかけてきた。
「ほんま、おまえら二人はいっつも一緒にいるなぁ」
「まぁ、ダブルスのパートナーですし...」
ほんとはそれだけの気持ちじゃないくせに、と心の中で自分に突っ込みを入れる。
「でも、それだけやないんやろ?」
忍足先輩が探るような眼差しを、俺は正面から受け止めた。
「どういう意味ですか?」
俺の問いかけに、忍足先輩は飄々とした口調で答える。
「好きなんやないの?宍戸のこと」
なんと答えたらいいのだろう。
肯定も否定もできず、俺は黙り込んだ。
「ま、否定したところで信じる奴なんていないけど」
忍足先輩のその言葉に、俺は開き直った。
「好きですよ、誰よりも」
それが何か?と言外に匂わせる。
忍足先輩は、自分が話を振ったにも関わらず、興味なさそうな表情で、宍戸さんと跡部部長を眺めていた。
「ふーん...あ、終わったみたいやで」
忍足先輩が指差す方を見ると、食事を終えた宍戸さんと、その宍戸さんを独占して話し込んでいた跡部部長がようやく離れた。
「じゃ、行くか。忍足」
「はいはい」
跡部部長が忍足先輩に声をかけ、二人は屋上から出ていった。
その際に、跡部部長が宍戸さんに「さぼんなよ、亮」と一言声をかけた。
宍戸さんはその言葉に苦笑しただけだった。
「俺たちもそろそろ戻るか」


『亮』
跡部部長が口にした宍戸さんの名前。
その呼び名に、俺は一瞬で頭に血が上った。
「行かせません」
「へ?」
「跡部部長と同じ教室には、行かせない」
「鳳?」
宍戸さんの手を取り、グッと自分の方に引き寄せる。
力に任せたその行動に、宍戸さんは怒るとかそういう前に、戸惑いを感じたみたいだ。
びっくりした顔で俺を見上げている。
引き寄せたその体を、逃げられないように力一杯抱きしめた。
「なっ、鳳!?」
「俺、宍戸さんのことが好きなんです...」
本当だったらもっと機が熟すのを待って、宍戸さんが絶対に断らない、断れない状況になってからしたかった告白。
もっとロマンチックな場所で、ずっと記憶に残るような、そんな言葉でしたかった。
でも、現実はそんな甘いものじゃなくて、学校の屋上で、気の利いた言葉も出てこない。
こんな切羽詰まった状況でしたくなかった。
宍戸さんは何も言わない。
切れ長な目を見開いているのは、心底驚いているからだろう。
「好き、です」
俺はもう一度そう告げて、宍戸さんを抱きしめ、その肩に顔を埋めた。
まともに宍戸さんの目を見るのが怖かったから。
心臓は飛び出しそいなくらいに煩い。
宍戸さんに聞こえてしまうんじゃないか、そう思うとそれがまた恥ずかしい。
細かく震える手をグッと握りしめた。
指先が冷たくて、感覚がない。
宍戸さんは未だに黙ったままだ。
沈黙が痛くて、俺はふいに泣き出したくなった。
捨てることのできない想いを抱えて、これから自分がどうしていけばいいのか、不安で押し潰されそうになる。
周囲の目も、宍戸さんの目も全て気にせず思い切り泣けたら。
そしたら少しはこの気持ちに整理がつくんじゃないか。
「鳳...」
耳元で宍戸さんが俺の名を口にする。
コート上では凛とした響きでよく通る声。
あぁ、俺、宍戸さんのこの声も大好きだ。
たとえフラれても、この人のことを諦めることはできない。
ゆっくりと顔を上げると、目の前に宍戸さんの顔があった。
そしてそのまま、俺はギュッと抱きしめられる。
胸に押し付けられる温もり。
「長太郎」
今度は小さな声で、囁くような声で名前を呼ばれた。
「は、はい......」
今、名前。
宍戸さんが初めて、苗字じゃなくて、俺の名前を呼んでくれた。
返事をする声が掠れた。
「ありがと」
「あの......」
なんて続けたらいいんだろう。
「ありがとう」ってことは、とりあえず俺の気持ちは届いたってことでいいのかな。
宍戸さんは、未だに俺をギュッと抱きしめている。
俺も、恐る恐る宍戸さんを抱きしめた。
同じ男なのに、俺とは違って華奢な骨格。
抱きしめていると、次第に気持ちが穏やかになる。
ずっとこの温もりを感じていたいな。
そう切に願った。


終わり
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