パラレル

□美容院
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お洒落な外観。
自分とは無縁な場所だ...。
けれど、せっかく友人が薦めてくれた店だし、一度くらい入ってみてもいいだろう。
宍戸は意を決して扉に手をかけた。


「いらっしゃいませ〜」
宍戸がおずおずと扉を開けると、すぐさま高めの明るい声が中から迎え、長身の男がゆっくりと近づいてきた。

「あ、初めてなんですけど...」
店の雰囲気、そして男のイケメンぶりに圧倒されて、いつもよりだいぶ小さな声でそう伝えると、男は人懐っこい笑顔で「こちらにどうぞ」と、宍戸を店内の待合いスペースへと案内した。

「どなたかのご紹介ですか?」
「あ、はい。滝、くんの」
思わずいつもの癖で、友人の名を呼び捨てにしかけ、宍戸は慌てて『くん』付けをした。
男がくすっと笑ったので、もしかしたら宍戸の取ってつけたような君付けを笑ったのかもしれない。

宍戸は恥ずかしくなって、頬を赤くして俯いた。
「じゃあ、もしかして宍戸亮くん、かな?」
男が宍戸のフルネームを口にしたので、驚いてパッと顔を上げる。
すると男とばっちり目が合い、今度は男の方が頬をポッと赤らめた。

「どうして?俺の名前...」
「滝くんが前から言っていたんだ。友達に、すごくきれいな髪の子がいる、って。だから君を見て、もしかして...と思ったんだ」
そう言いながら、男は宍戸の束ねられた髪にサラリと指を通した。
「ほんと、すごく手触りが良くてきれいな髪だね」
髪の毛を褒められるのはいつものことなのに、宍戸はなぜだかとても胸が高鳴った。
そしてそんな自分に戸惑う。

「じゃあ、まずはカルテ作らせてもらっていいかな。あ、俺は鳳長太郎って言います。今日は俺が宍戸くんを担当させてもらうので、よろしくね」
イケメンスマイルでニコッと微笑まれれば、相手は男なのになぜだか宍戸の心臓はドキドキとうるさい。
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
ペコッと頭を下げると、鳳はまた頬を赤くして宍戸をじっと見つめた。
「今日はどんな風にしたいか、ご希望はありますか?」

時間をかけて丁寧にシャンプーをし、それから頭皮のマッサージ。
カットも周囲のスタッフが呆れるくらい、細かく丁寧にした。
最後にドライヤーで髪を乾かし、ワックスでセットをした。
「どうかな?」
次も店に来てほしい、これからも自分を指名し続けてほしい、そんな願いを込めて、鳳は鏡越しにじっと宍戸を見つめた。

「すげぇ。鳳さん、最高です!」
宍戸が屈託ない笑顔で鳳を振り返った。
その笑顔があまりに無邪気で、鳳の心臓を何かが直撃した。
「ありがとうございます!」
満面の笑みで自分に礼を言ってくる宍戸に、鳳は思わずその両手をギュッとにぎりしめていた。

「おおとりさん?」
なぜ鳳に手を取られているのかも分からず、宍戸は目をぱちくりさせている。
そんな宍戸に、鳳は縋るように言った。
「また来て!絶対にまた来てね!」
必死な鳳に、宍戸はただ戸惑っている。

今日を機に、宍戸と親しくなりたい。鳳は今日を最後にするつもりはなかった。
なんとしても、また宍戸にここにきてもらうのだ。
と、言うよりも、この先もずっとこの店に通ってもらうのだ。

「あ、じゃあ、また来ます」
照れたように笑う宍戸を思い切り抱きしめたい。
そんな衝動にかられながら、じっとそれを我慢する。
大丈夫。
これから少しずつ仲良くなっていけばいいんだから。
鳳はそう自分に言い聞かせた。



終わり
 

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