大人になったら

□お中元
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「長太郎、そうめん食うか?」
さっきからキッチンにこもっていた宍戸さんが、やっと俺に声をかけてくれた。
ずっと放っておかれてむくれていた俺は、宍戸さんが話しかけてくれただけで機嫌が直ってしまう。
宍戸さんに気にしてほしくて、わざと音を立てて片付けていた書類の束を放り出し、キッチンに向かって「食べます!」と返事をする。
キッチンは独立型なので、多少声を張り上げて応える。
やっぱり引っ越したいなぁ。
キッチンはカウンター型がいい。
そうすればいつでも宍戸さんを身近に感じられるのに。
そんなことをぼんやりと考えていたら、目の前に涼しげな器が置かれた。
「さ、食おうぜ」
手ぬぐいを首からかけた宍戸さんが、箸を差し出してくれたので、俺は「ありがとうございます」と言って受け取った。
「このつゆ、宍戸さんが作ってくれたやつ?」
宍戸さんがそうめんと一緒に出してくれた刻んだ冥加を入れながら聞くと、「おう。ほんだし使った簡単なやつだけど」と宍戸さんは刻んだ葱を入れながら応える。
「おまえ、めんつゆしょっぱすぎて嫌だとか言うし」
「まったく文句多いんだから....」等と愚痴るように言う宍戸さんの口元は、ちょっと尖んがっているように見える。
かわいくて、思わずキスしたくなるけど、怒られることは想像に難くないので我慢した。
確かに前に蕎麦を茹でてもらった時、そんなことを言った気がする。
基本、宍戸さんが作ってくれた物はなんでもおいしい。
だからなのか、市販の物オンリーの味だとなんとなく不満に感じる。
そのことでちょっと愚痴った。
それ以来、宍戸さんは必ず一手間加えた物を出してくれるようになった。
俺のわがままに、ブツブツ言いながらも付き合ってくれる。
本当にありがたいと思う。
こうして一緒に暮らせるようになって、目の前で宍戸さんがおいしそうに食事をしている。
学生の頃だったら考えられない。
「宍戸さん、そうめんおいしいです」
「な。やっぱ夏はこれだな」
宍戸さんが手ぬぐいでぐいっと汗を拭った。
どうやら宍戸さんは手ぬぐいがお気に入りらしい。
食器を拭くのにも手ぬぐい、トイレのタオル代わりに手ぬぐい、体を洗うのも手ぬぐい。
そしてハンカチ代わりに手ぬぐい。
それぞれの用途に合わせて、柄や色を分けて使っている。
「なんで手ぬぐいなんですか?」と一度聞いたら、「だって、アイロンかけたらすぐに乾くだろ」と言われた。
そう、宍戸さんはまめにアイロンかげもするのだ。
一緒に暮らして、宍戸さんの意外な一面も知るようになった。
「そうめんだけじゃすぐ腹減るなぁ。後でなんか買いに行くか?」
そうめんをツルツルと啜りながら、宍戸さんは俺の顔を覗き込む。
かわいいなぁ。
宍戸さんの何気ない仕草の一つ一つがかわいくて仕方ない。
本人に「かわいいです!」って伝えたいけど、そんなこと言おうものなら、下手したら今日一日、いや、もしかしたら向こう三日は口をきいてもらえないかもしれない。
俺は言いたい言葉を麦茶を飲むことでごまかした。
でも、きっと顔は緩んじゃっただろうな。
「じゃあ、後で一緒に行きましょう」
「おう」
俺達はささやかだけど、幸せな食事を続けた。


終わり
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