短編棚R

眠る眠らない姫
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・・・・凄く、意識の深いところにいた、気がする。


自分から見た睡眠というのは、基本的に意識のONであるか否かが基準だ。

本来眠りには深い浅いというものがあるそうだが、
その基準で行くと私の睡眠は常に深い。

眠らないだけあって一度寝た時は、よくもまぁと驚くほど寝ている。
だって間近の話し声でも、身体を揺すられてもぴくりとも起きないらしい。

スクアーロの話し声でも起きないらしい。

流石に爆発音やスクアーロの絶叫なら起きるかもしれない。
まぁ実際には起こってないから確信は持てないが。

寝息さえ無ければ生死を疑うレベルらしい、失礼な。

意識の無い私はとかく眠る奴だ。

ただ逆に、意識さえ浮上してしまえば寝起き特有の眠気こそあれど、
目覚め自体はそう悪くない。

たまにあまりの眠気に意識の無いまま、わけの分からない返事や
発言をする人物が居るが、そこに私は含まれない。

でも今日この日は、やけに意識の浮上に時間が掛かった。



窓も閉め切りだった室内で聞こえる物音は非常に少ない。

たまに強く吹き付けて窓の揺れる音か、
機械が中途半端に配置された時に聞こえるモスキート音か、
息遣いや服ズレ、ペンを走らせる、紙を捲る程度だろう。

自分以外の息遣いを拾うほどの微弱な音を拾い、機能している耳とは裏腹に、
驚くほど身体が全く動かなければ瞼も上がらない。

うん?

寝返りも打てない。
変だな。 目覚めがこんなに悪いのは珍しい。

意識と耳の機能を保ったまま、2分ほど自分と格闘してると
ようやく自分の指先がぴくり、と動いた。 あ、動けそう。

ふ、と瞼を開いた先。
ベッドの脇に座る、白いシャツを着て背中を向けた男性らしい姿が視界、に。

私が目覚めたことに気づいたのか、肩越しに振り返る男性


「覚めたか」


瞼が開ききったような気がした。
肩がびくりと跳ね、数センチほどではあるが後退った。

低音と呼ばずなんと呼べばいいのか分からない低い声は、
なんとなく久しぶりだった。 いや、それだけじゃこんな驚かない。

鋭く赤い眼光に、揺れる黒の前髪。


「っ、ざ ザンザス・・!?」


こともあろうかヴァリアーの頂点たるボス、ザンザスが。

室内を見渡していないが人の息は自分と彼の分しか聞き取れなかったので、
自動的にザンザスが自分の意識代わりをしていたということになる。

いや、 それもそうだがそうじゃない。

確かに彼は私の睡眠難を知っている。

でも実際に付き合ってくれたのは若干切羽詰ってた時と、
ザンザスの機嫌が良かったのか、向こうから「寝ずにいいのか」と問われ、
お言葉に甘えてお邪魔した時の、8年間で2回きりだ。

それでいつのまにかフランと入れ替わって、
意識代わりを務めてくれた今回でようやく3回目のカウント。

いやそもそも相手が悪いだろう、いや
それほど悪いというわけではないのだが。

気難しく、しかも不機嫌なことが多い一組織のボスに、
自分の我儘に付き合ってもらうタイミングを見計らうのは難しいのだ。

当の本人は相変わらずの仏頂面で、鬱陶しそうに1つ息を吐いた。


「ったく、どれだけ寝やがる気だ」
「え。 今、何時」
「9時。 朝方の」

「・・・!!? え、14日の・・よね、?」
「合ってる」
「嘘でしょ・・・」


ここ数年で一番ビックリしたかもしれない。
驚愕通り越して呆れてきた。

ベッドに寝転がったまま額に手当てて考え込む。

眠ったのが確か13日の15時だったはずだ。
今聞けば14日の朝9時だ。 どうして。

確かに、極稀に予定通り意識が浮上しないことは、ある。
あるよ、そりゃ。 慢性的に睡眠が人より足りてないんだもの。

いやいやいや。 18時間って。
2時間したら起きるはずだったのに。


「・・そういやなんでザンザスが? 他のメンバーも空いてなかったの?」
「全員任務。 『だから』だろうが、カスが」
「あー・・そっか、 ご迷惑お掛けしました・・」

「で?」
「・・で?」
「もう足りたのか」
「うん」


あぁ、でも寧ろ寝すぎて変な感じかも と、軽く笑みを浮かべれば、
先程のやり取り以降視線が外れたザンザスからは「はっ」とだけ返ってきた。

笑ったのか追加で呆れたのかの区別は付かなかったが。

しばらくベッドに沈んだまま、時折ザンザスの背中が視界に。
少しすると彼が顔を上げた気配がした。


「・・帰ってきたな」
「ん、」


言われてみれば。 自分も気づいた。

すると数秒と経たないうちに、
廊下に繋がる自室の扉からノックが数度響いた。


「戻りましたー。 入りますねー?」


間延びした声の主であるフランは室内からの返答を待たずに扉を開ける。

ベッド端に座るザンザスと、ノックの音でベッドから上半身だけ
身体を起こした私を見ては、「あ、メーゼセンパイ起きた」と呟く。

フランは任務帰りだったのか、昨日の昼頃とは違う服装になっていた。

上半身だけ中途半端に起こしてた身体を、ベッドの上に座らせる。


「おはよ」
「おはよーございますー」


そのやり取りを聞いてるのか否か、多分耳には入っていると思うが、
ザンザスがベッドから立ち上がるなり「俺は帰る」と。

スタスタと歩き出し、廊下に出ていこうとする彼を呼び止めた。


「ザンザス。 ・・ありがとう、助かった」
「ふん。 その手間分は任務に当てるから消化に回れ」
「ふ、 了解、ボス」


室内の端に入り込んだフランと、
すれ違うように廊下に出ていったザンザスの背中を見送る。

廊下を歩く後ろ姿が大体離れたのか、
フランは扉を閉めて再度私へと向き直った。


「起きたんですねー。 めっちゃ寝ましたねー」
「驚いたわ・・18時間も寝たの人生初めてかも」
「流石のミーも経験無いですー、いやーすごい」


棒読みでそんなことを言いながら、扉側に近いベッドの縁に腰を下ろした。


「ごめん、結構長時間捕まったでしょ。 どうだった?」
「あー、意識代わりって話ならー」


フランが言うにはこうだ。

夕飯はルッスにずらしてもらって大体私の部屋に居座ってくれたが、
日付回った後に任務が入っていたため、ルッスーリアが引き継いでくれて。

明け方ルッスーリアも任務だから、とザンザスに連絡が行ったらしい。

明け方から9時って あのザンザスが2、3時間も
私の部屋に滞在してたことに驚きを隠せない。

入隊してから初めてなんじゃないか。


「言うてミー、帰還してからシャワー浴びてますし
 いちおー仮眠も取ってんですけどねー」
「ちゃっかりしてるわねぇ。 お疲れ様」
「意識代わりが寝落ちるのはまずいでしょーがー」
「ほんとだよ。 ありがと」

「今日メーゼセンパイにすっごく時間吸われたので
 何かしらでの穴埋めを要求しますー」
「あー・・考えとく。 リクエストあるなら聞くだけ聞くよ」
「えー、それこそ考えさせてくださーい」

「私達の常識範囲内の物で頼むわ」
「ミーそこまで捻くれてないんですけどー」
「え?」
「え?」


互いに首を傾げては、小さくふっと笑みを浮かべたのに溶けていった。

18時間も寝ていたからか、なんだか身体の筋肉まで固まった気がする。
ぐ、っと背伸びをして、大きく息を吐いた。

ベッド縁に座っていたフランが上半身を後ろに倒れ込んでくる。
脚を伸ばした私の隣、顎を引いて見下ろせばフランがこちらを見上げていた。


「ねぇ、センパイ」
「?」
「18時間の眠り姫、種明かししますー?」
「聞くわ」


比喩はさておいて即答だった。

1時間内の誤差こそあるけれど、
16時間オーバーは明らかに変だと思ってたもの。

睡眠予定時間の9倍ですよ、何があったの。


「ズバリ、アンサーはマーモンセンパイ特製の超強力睡眠薬カッコ即効性」


フランは寝転がったまま、座る私を見上げて
人差し指を立てて無表情で答える。

発言に2秒ほど理解する時間が必要だったけど、
少しして私の口から零れたのは「・・っふふ、」とした笑い声だった。


「? お」
「ははっ、 あー・・・ そりゃ起きれないわ、マーモン特製だもの」


珍しくここまで声になった笑いは久しぶりだ。

これ以上無いほどの納得を胸に。
成程、これはしてやられた。


「因みに戦犯は?」
「ベルセンパイでーす」
「ベルか・・・」
「メーゼセンパイ寝た後に入ってきて眠剤飲ませていきましたー」


・・・いや、
流石にもうちょい事前報告欲しかったな・・・

とは思ったが、もしかしたらこれが8年心配させた結果なのかもしれない。

自分の睡眠云々に関してはフランにも大方伝えていたから、
その場に居合わせながら止めきれなかったんたろう。

それにしても18時間って。
心配させたのは悪かったから18時間はやめてくれ。


「そんでメーゼセンパイ、気付いてましたか」
「え?」
「今日までに時折、強力眠剤を飲ませられてたことー」

「・・・いつ?」
「お茶会は聞きましたー、その他に2回」
「・・あー、他2回も思い当たりある。
 ほんっと油断ならない王子様ねぇ・・・」
「まぁ3回とも効かなかったそうなんですけどねー、ほんと化物ですねー」


飲食した時に何か違和感を感じることがあった。 絶対あれだ、最早確信だ。
味覚が変わったのかなーとも思ったけど自分の味覚は正しかった。


「まー、寝てたら効くらしいことが今回発覚したんでー」
「ふと気付いたら18時間コースかしらね」


肩を上げて笑みを浮かべれば「ですかねー」と返ってきた。

18時間って完全に意識代わり交代コースじゃないか。
流石にそこまで迷惑は掛けたくないんだけど。

タイミング交渉は可能なのだろうか・・・?


「・・んー、まぁ 判断はその戦犯とやらに任せようか」
「・・・アンタほんとにー・・・」
「?」

「あんの自分勝手我儘殺戮王子に自分の具合判断任せるーとか
 心配させる気満々な発想が凄いなーって」
「睡眠時間に関してはもうとっくに一般感覚無くしてるわよ」
「そうですねー、睡眠と耐性に関しては人間やめてますもんね」

「ね、流石にお腹減ったわ。 朝ご飯にしない?」
「いいですねー、ミーもまだなんですよー」





眠る眠らない姫



「ん、メーゼおっはよ」
「おはよ、ベル」
「うししっ、もー少し寝てたら王子のキスで起こしてやろうかと思ったのに」
「あら、危なかったわね」
「てんめ」


冗談交じりつつ、の会話を互いに理解しては笑みを浮かべる同年代。
彼女は微笑むように小さく笑みを浮かべた。


「ありがと。 久しぶりにゆっくり寝た」
「・・どーいたしまして。 んじゃ、礼待ってる」
「んー、考えとくかな」







「む、メーゼ。 随分と寝たのだな・・」
「驚いたよね。 レヴィおはよ」
「・・これを」


提げていた小さな買い物袋をメーゼに手渡す。
彼女はそれを受け取ると首を傾げた。


「安眠効果が得られるアロマだとか」
「あら。 ありがとう」
「む」

「照れてんじゃねーーーよッ」
「ごふっっ」
「ん・・良い香り。 ・・って レヴィ沈んでるんだけど」







ふと背後から、彼女のてっぺんの蒼い髪に絡む指。

見上げれば珍しく素手なスクアーロの右手が、
メーゼの頭をわしわしと荒っぽく撫でていた。


「ようやく目覚めたかぁ」
「スクアーロ。 おはよう」

「全くお前は相変わらず心配させやがるなぁ゛」
「うーん、流石にそれは異議アリ」
「はっ、申し立ては却下だぁ」
「はは、横暴」

「タイミングこそあるがいつでも声掛けろぉ」
「ん。 ありがと」







廊下を歩いていると前方からふよふよと浮遊しながら近づく影。
彼女が足を止めると、マーモンはメーゼの前でふわりと止まった。


「やぁ、おはようメーゼ。 元気そうだね」
「おはよ、マーモン。 よくもまぁあんな強い眠剤飲ませてくれたわね」
「礼には及ばないよ、報酬はキッチリ貰ったからね」

「・・アンタら仲良いんですよねー?」
「良いよ、多分」
「信用はしてるよ」







「メーゼちゃーーーん!!! おはよぉぉお!!」
「う、 っぷ。 おはよ、ルッスーリア あと抱擁が 首絞まる、」
「あらっごめんなさい!!」


メーゼの途切れ途切れの声に慌てて腕をぱっと離すルッスーリア。
彼女は首に少し手を当てて、ルッスーリアを見上げた。


「それにしても寝たわねぇ!?」
「寝たねぇ。 あぁ、それとおかえり フランの後ありがとう」
「ただいま! んふふ! メーゼちゃん寝顔がすっごく幼くて」


つん、と指先で押された鼻。
メーゼは少し瞬きを繰り返した後に、小さく笑みを浮かべた。





 
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