短編棚M
□お姉さん風邪だって?
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「うーん、参った・・・」
ピピピ、と端的に鳴った体温計を脇から取り出して数値を見て、
誰も居ない空間で思わずそんな独り言が飛び出てきた。
38度。 季節の変わり目だったのに油断していたかもしれない。
数値のわりには身体は動くし食欲もある。 ・・・頭痛はしてるな。
ずきずきと痛む頭を枕に押し付けてスマホをいじった。
[ごめん、風邪引いちゃった〜。 移さないようにしばらく引きこもります]
マンションの住人グループLINEにその文面を送り、
続いて布団で丸まっているスタンプを送る。
素早く既読が複数付いた後にお大事にの意のメッセージが飛んできた。
特に返事が速かったのがちょうど手が空いていたのか誠凛メンバーで、
他校からは赤司君や氷室君からメッセージが飛んできた。
身を案じてくれる内容のメッセージに小さく笑みを浮かべる。
メッセージの文面もいろいろで性格が出てるような気がする。
通知ラッシュが落ち着いた頃に職場へ休みの連絡を入れる。
急な休みに申し訳ないと思いつつ、平日だから客は少ないだろう、多分。
いやどうかな、平日意外と混むからな。
頭痛に少し眉を寄せながらゆっくりとベッドから起き上がる。
時計を見たら学生達は全員出払った頃だった。
住人の9割以上が学生を占めるこのマンションは、
平日の日中あまりにも人気がなくて静かすぎる。
かくいう私も日中は出掛けてるのでマンション内部で人がうろつくとしたら、
風邪引いて休んでいる生徒か清掃のおばちゃんかくらいだ。
適当に朝ご飯を済ませ、ベッドの上で休めるよう棚から数冊の本を取り出す。
寝込んだ時のベッドの上ほど暇なものはない。
*
寝転がりながら読書していたら睡魔に襲われて眠ってしまったらしい。
部屋に差し込む日差しはオレンジ色に染まっている。
・・・わぁ、夕方。 昼ご飯食べそびれたぞ。
経過時間に驚いていると玄関チャイムの音が響いた。
あ、もしかしてチャイムで目が覚めたのかな。
催促するような「桜生きとるー?」という今吉君の声が聞こえる。
勝手に殺さないでほしい。
寝起きで声量がないため届くか分からないが、
「今出るー」とだけ発してベッドから起き上がる。
「・・・っ、つ」
今朝よりも酷い頭痛に襲われた。
ズキンッと痛む頭を思わず手で抑える。
あ、どうしよう、これ玄関まで辿り着けないかもしれない。
布団に逆戻りして枕元に置いてあったスマホを手繰り寄せると、
グループLINEではなく私個人宛てに、
いくつか心配のメッセージが届いているようだった。
とりあえずそれらはすっ飛ばしてLINEで今吉君を探し出す。
[ちょっと頭痛でやばい]
[うわ、大丈夫かいな]
とりあえず生きてる報告でメッセージ1つ送るとすぐに反応が返ってきた。
寝転がってるとまだ楽だから振動でキツくなるタイプの頭痛だ。
[玄関まで動けないから助けて]
[いやどないせーっちゅーねん、さっき試したけど鍵空いとらんやろ?]
[何も聞かずに201号室クローゼットの中にある、
アタッシュケースのダイヤルロック解除してきて。 0531-6712]
[ダイヤルロックで8桁てなっが]
玄関から人が離れる気配がしたから、
多分今吉君がロック解除しに行ったんだろう。
201号室は空き部屋で唯一鍵が掛かっていない部屋だ。
[8桁じゃなくて4桁×2種だったりして]
[ほんまやダイヤルロック2つ付いとる! 厳重や!!]
[あっ成程な?]
[終わったらダイヤル適当に回しといて]
[完璧]
飲み込み早い今吉君なら後はもう何も言わなくても分かるだろう。
今吉君とのLINE画面を閉じて、届いていたメッセージに目を通そう。
あ、数十分前に伊月君からのメッセージが来てる。
[桜さん具合どう? 欲しいのあったりする?]
[火神が晩御飯でお粥作りに行こうかガチ悩みしてる]
[おはよう〜、具合は頭痛で玄関まで動けないレベルなので、
今吉君に救助を求めてるところ(笑) そろそろ救助されます]
[しいて言えば明日の朝ご飯がないかな・・・(´・ω・`)パン・・・]
[火神君、まだ近くに居るならお粥嬉しいって言っておいてー
食欲はある。 米もある。 卵もある。]
伊月君へのメッセージに返信を終えたところでチャイムが1つ鳴って、
玄関扉の鍵がガチャガチャと開けられる音がした。
解錠終えて扉が開くと「邪魔するでー」とのんびりした関西弁が届く。
「うー、今吉君〜・・・」
「頭痛薬と水でええ?」
「理解が早い・・・おねがいします・・・」
「頭痛薬どこや?」
「えーっ、とぉ・・・多分食器棚の引き出し?」
「お、これか?」
ベッドで休んでいる私に一目見ることもなく、
立ち姿が見えないまま声のやり取り。
今吉君の気配はキッチンへと向かい、がさごそと漁っている。
粗方キッチン漁ったらしい今吉君が私の部屋にノックをし、
どうぞー、と入室を促すと扉を開けてひょっこりと顔を出した。
あれ、今吉君の腕の中案外大荷物。
片手に薬用だろう水が入ってるコップ、もう片手にバナナ。 ・・・バナナ。
「あったから取ってきたわ、寝起きなら空腹やろおもて。 ないよりマシや」
「あー、確かに空腹時の薬よくないね。 ありがとう」
「いやー、珍しく参っとるなー。 体調崩すの珍しいやん」
「季節の変わり目だから油断してたみたい」
「熱測ったか?」
「朝に測った時は38度だった」
「もっかい測りや、朝は体温低いで」
「はい。 そういや今吉君来るの早いね」
「ワシ3年やしな、部活引退した分1番に桜の様子見に来れたわ」
「あ、それでかぁ」
(ちわす。 あ、今吉さんも居る)
(こんばんは、桜さん、今吉さん)
(わ、火神君と伊月君。 いらっしゃい〜)
(救助って大丈夫だった、んすか?)
(やー、堪えたで〜 鍵壊れんようにちょいちょいっとピッキングしてな)
(は!?)
(ちょ、火神君静かに・・・私頭痛してる・・・)
(冗談やで?)
◆
以前(尚年単位)に受け取ったアンケより最年長姉さん風邪ネタ。
せっかく「皆で看病することになったけど・・・」と入れてもらったのに、
アオリらしいことは書けなかった。 南無。
ほぼ今吉君しか出てこなかったので続くかも知れない。
久しぶりのマンション新作だったので全作ざらっと読み返したのですが、
メールで連絡していたものがLINE連絡に切り替わりました。 年月って凄い。