WT短編

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講義と講義に挟まれた、1限の待ち時間の潰し方にいつも迷ってしまう。

次の講義が始まる前に何か飲み物を飲んでおこうと、
少し足を伸ばして大学内で1番自販機の数が並ぶ本館へ向かった。

大学生になって飲む頻度が一気に増えた缶ココア。
いくつか飲み比べ、お気に入りを見つけたらそればかり選ぶようになった。

大学構内の自販機を粗方探したけれど、
そのお気に入りの缶ココアは本館1階にしかないらしい。

講義中の大学構内は静かなもので、人とほとんどすれ違うことなく到着。

本館1階に設置された大学内最大の5つ並ぶ自販機は、
2階へ続く階段のすぐ傍に設置されており、
周囲にテーブルやベンチはなく講義中であるのも相まって閑散としていた。

肩に掛けていた鞄から財布を取り出し、コインを1枚、2枚、3枚。
お釣りのないように自販機にコインを落とし、目当てのアイスココアを選ぶ。

ぴっ。 がこん。 程なく吐き出されたアイスココアを取ろうと屈むと、
背後にある階段から人が下りてくる足音がして顔を上げた。

一瞬顔を上げはしたもののまだ缶が取れていなかったため、
足音の主の姿を確認しないままココアを取り出す。

缶を片手に立ち上がろうとして、
その人がこの自販機スペースに一歩、入り込む足を見た。


「あ、」
「・・・よぉ」


か、げうら君、 一瞬にして緊張の波に襲われ肩が跳ねる。

缶を取り出して立ち上がる私の様子を見ていただろう彼は一瞥すると、
奥に居る私に身体を向けたまま、手前の自販機にコインを入れ始めた。

の、飲み物、買いに来たのか、
脳裏に巡った影浦君と2人きりという状況に耐えられずに俯き、目が泳ぐ。

この場から離れたい気持ちも、少し、あるけれど、
離れるには影浦君とすれ違わないといけない。

ただ、それすら憚られて結果的に身動きが取れない。
・・・好きな人、だから、離れてほしいわけでもないんだけど、

ココア缶を握る両手の指先で遊びながら、言い訳じみた思考を巡らせてれば、
俯いていた視界がふっと暗くなり、顔を上げる間もなく肩を押された。

びっくりしてよろめいた足は押されるがまま後退していき、
階段の真下にある斜めの空間に、私の背中がぶつかるまで押し込まれる。

なに、 困惑半分で俯いたままの視界に、
ココア缶を握る自身の指先と影浦君の黒い衣服が映る。

ポケットに入れていたらしい手が伸びてきて、
思わず目を瞑ると、いつかのように、顎を捕まれ上を向かせられた。

顔が上がった分だけ視線も持ち上がり、
揺らぐ視界の中で、逆光で薄暗くなった影浦君の顔が、見える、

数秒、「吸う」と「吐く」すらまともにできず、
ろくに発声できずに動いただけの唇を食むように塞がれる。

彼に掴まれた肩、頬、あちこちにじわりと熱が浮かぶ。
薄いインナー越しに背中に触れた壁がやけに冷たく感じた。

冗談でも夢でも済ませてくれない、

何度か重ねられた後に小さく鳴ったリップ音、唇がゆっくりと離れた頃には、
潰せるんじゃないかというくらい私の手はココア缶を握りしめていたし、
高熱出した時よりも熱さを自覚する頬に、俯いて視線を泳がせた。

・・・上階から、階段に差し掛かった僅かな足音に、肩がびくりと跳ねる。

うそ、 人、 先程までとは違った変な緊張が急速に熱を奪ってく。
影浦君とは高校からの同級生、だけどそこまで仲が良い、わけでもない。

講義取ってない時間だったとはいえ、講義中に、2人きりって。
それにさっきまで、あの、キス、してたし・・・

困惑と動揺が混ざって上手く思考できずにいると、
私の肩を押さえていた影浦君の手にぐっと力がこもった。

私を覆うように押し込んでいた身体をゆっくりと離し、
最後に肩を掴んでいた手も離す。

彼の動作の意図を汲む余裕もなかったけれど、
もしかしたら『出てくるな』だったのかもしれない。

人の気配に息を潜めながら離れていく影浦君の背中を見ていたら、
先程お金だけ入れて放置していたらしい自販機のボタンを押した。

耳にする本日2回目の自販機の機械音と落下音。

真上の階段から聞こえてきていた足音が止まった。
緊張がマックスの静寂な空間で、私の耳は少し遠くの衣擦れの音すら拾う。


「お、カゲ見っけた。 鋼が探してたぜ〜」
「おー」


聞き覚えのある声、 多分高校が一緒だった当真君だ、

購入した缶を回収した影浦君は、
当真君がやってきた、私の真上にある階段を上がっていく。


「おぉ、ココア? なんか珍しいんじゃねーの?」
「気ぃ向いた」


足音と声がだんだん遠くなっていき、やがて完全に聞こえなくなる。

違う緊張を2度味わった私の身体は糸が切れたように壁に凭れ、
そのままずるずると滑るように座り込んだ。



□大学構内2人きりは3度目だった



(講義終了のチャイムが鳴る)
(未開封の缶を力の入らない両手で握りしめた)

(ここで飲み物を買うと知っている彼は意識的に本館に足を向けていた)
(まさか、こんなタイミングで会えるとは思わなかったが)





 

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