WT短編

□A5の端からグラウンドまで
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「そういや美術部か、体育祭の表紙頼んでもいいか?」
「は、はい!」


長い夏休みが明け、体育祭の気配や話題をにわかに感じ始めた頃、
担任からそう声を掛けられて二つ返事で承諾した。

担任が私の絵を知っていたのか、美術部だから頼まれたのかは分からないが、
数居る美術部員の中から唯一選ばれた、というのは嬉しかった。
自然に、よし、と気合が入る。

授業も上の空で表紙案を練っては、
休み時間の合間に紙を広げてペンを走らせた。

体育祭。 体育祭の表紙って何を描けばいいんだろう。
玉入れ? 応戦合戦? 目玉種目はやっぱりリレー?
バトン? あ、走ってる人とか?


(……走ってるといえば、王子君の走り方が
 綺麗だったんだよなぁ……ブレないし……)


王子君。王子一彰君。クラスメイトで、私の好きな人。

ぶっちゃけて言えば顔がとても綺麗だったので一目惚れなんだけど、
だんだん彼のキャラがツボにハマって顔がどうこうの話ではなくなった。

恋とは怖い。 いや、顔は間違いなく好きなんだけど……

誰に言うでもなく脳内で悶々と弁解しながら、
ぼんやりと思い付いた構図をノートに描く。

好きな人という贔屓目なしでも、素人目に見ても、
王子君の走り方は綺麗だと思ったのだ。

去年はクラス別リレーで二人抜きしたんだっけ。
勉強にはいまいち発揮されない記憶力だが、
好きな人に関することはよく覚えている。


「何してるの?」


ふと降り掛かった声に顔を上げれば、
頭の中で考えていたその人が、私と机を覗き込んでいた。


「王子君……! これは体育祭の表紙、」
「きみが描くのかい? すごいね」


感心したように告げた王子君は、しれっと私の前の席に座った。
わ、わ、王子君が声掛けてくれるの珍しい。

ふと机に視線を落とせば、彼のことを考えながら
描いた絵が視界に入り、体温が上がった気がした。

や、いや、顔とか髪までは描き込んでないから、大丈夫。
バレないにしても本人に見られるの大分恥ずかしい。

私の緊張も露知らず、彼はノートの上の雑な絵に視線を落としている。


「これは? 玉入れのカゴ?」
「そう、構図が決まらなくて……種目とかからヒント得られないかなって、落書き」


でも結局どれもピンと来なくて、今固まっているのは走者の絵だけ。
これを軸にどうにか周りもイメージ固めて、描きたいところなんだけど……

じっと見つめる王子君の視線が気になりつつもペンを走らせる。
無言の時間は嫌ではないが、好きな人に手元見つめられてる状況はどうにも落ち着かない。


「……王子君は、体育祭走らないの?」


何か会話を、と思い口にした言葉に彼は数度瞬いた。
去年は走ってたよねと補足すれば、彼は「覚えてたんだ」と笑った。


「実は今年は帰宅部からお誘い受けてて」
「部活対抗リレー?」


こくりと頷く彼に少し驚いてしまう。
王子君って、帰宅部だっけ? 違和感にしばらく考えこむ。

王子君含め、ボーダー隊員は『ボーダー』としてなんとなく括ってたが、
ボーダーのほとんどは部に所属していない。

部活、という点では確かに帰宅部かもしれない。
何もおかしいことはなかった。


「ボーダー連合組んだら、って話も一瞬持ち上がったんだけど」
「あ、それはそれで面白そう……」
「ね。見てみたかったな」
「走る方じゃないんだ」


くすくすと笑いを交えれば、彼も笑って頷いた。

そっか、今年も王子君走るんだ。
部活対抗は点数に影響のない種目だけど、彼が走るというだけで嬉しかった。


「王子君は、走るのも速いけどフォームが、凄く……
 素人目ながら綺麗だと、思っていて」


専門でない分野でも、素晴らしい技術に自然と惹かれるように。
彼が走ってる姿を見た時も無意識に目を奪われて。


「変な話だけど、王子君が体育祭で走るの、楽しみ」


……勢いで語り始めてしまったけど、引かれてないだろうか。
視線を上げ、彼の顔を見やれば、ほんの少し驚いた表情を和らげた。


「嬉しいな、走るの速くなりたくて」
「……? あ、そっか、ボーダー関係で?」
「そう。ぼくの隊は機動力が売りだから」
「わ、なんかかっこいいね……」


なるほど、機動重視の隊だから、足の速さ。
フォームが綺麗なのも頷ける。

その機動力の隊で活躍する王子君を見れないのが悔やまれる。

納得感を咀嚼していると、私を見つめたままの王子君が口を開きかけた。

その瞬間、彼越しに見えた教室の扉から、
次の授業である数学の教師が入ってきてチャイムが予鈴を告げる。

王子君は振り返って教師の存在に気付くと席を立った。
咄嗟に「あ、」と一言零すと、彼は振り向く。


「さっき、何か言いかけてなかった?」
「や、完成が楽しみだねって。それだけだよ」


律儀にお邪魔しましたと唱え、彼は笑って手を振り自分の席へと戻っていった。







表紙は方向性が決まってからは案外さくさく進んで、
思いのほか気に入る形になった。

担任に納品してからしばらくもすれば、ホームルームに
プログラムなどが記載されたしおりが配布された。

私が表紙を担当したとわざわざ紹介され、クラス一同の拍手を貰った。

自分の描いた絵が配布物として手元にあるのは不思議な感覚で、感動もして、
そしてこの絵が校内全てに回ったと考えた瞬間、心がずしりと重くなった。

全校生徒……教員も含めて数百人に私の絵が見られて、
下手するとご家族さんの目にも留まっ……あ、想像したら意識が遠のきそう。

その日は王子君が寄ってきて「表紙お疲れ様」という労いの言葉と、
完成形こうなったんだねと感想を伝えに来た。

……欲望に勝てず、表紙の男の子を王子君に寄せただなんて
口が裂けても言えない。 墓まで持っていく所存。



体育祭当日は雨が降るのではないかと囁かれていたが、
今回は予報を上手く裏切ったらしい。

快晴の空の下、体育祭のプログラムは滞りなく進行していた。

昼休みが終わり、プログラムはいよいよ午後の部へ。

各チームの気合がこもった応援合戦を応援席から見守っている最中、
不意に肩をポンと叩かれる。

振り返れば、午前は体操服だったはずの王子君が、
シャツとズボンの制服姿で立っていた。


「え、あれ、そろそろ待機時間、」
「そうなんだけど」


応援合戦も佳境だ。 彼が出場予定の部活対抗リレーは次の種目。
そろそろ待機スペースで開始十分前の点呼を取っている頃合い。 のはず。

言ってるそばから「王子ー!?」「どこ行ったー!?」「早く来ーい!!」
という声が聞こえはじめ、何故か私が焦り始める。

ほ、本当にここで油売ってる場合ではないのでは!?
王子君は声に気付いてる素振りも見せながらも涼しい顔。


「姿見かけたから応援してもらおうと思って」
「応援!?」


なにそれ!?
時間ギリギリなのにわざわざ私からの応援を仰ぎに来たの!?

応援って何を言えば!?
テンパった頭で咄嗟に「が、頑張って!!」と口にする。

だめだ凄くありきたりだどうしよう。
こんな応援でいいのかな、と様子を伺えば、
彼はいつものようににこりと笑ってみせた。


「ありがと。見てて」


彼は手を振りながらその場で踵を返し、待機場所まで軽快に走って行った。

……え。

応援してもらおうと思った、って。
見てて、って、何?



部活対抗リレー。
数あるプログラムの中で唯一得点に影響しない種目である。

学校によっておふざけだったりバトンが部に沿った物だったり特色様々らしいが、
うちの高校は文化部から運動部までガチのガチだ。

部の参加は任意で、文化部はほとんど未登録である。
私の属する美術部も当然欠場。
心置きなく王子君を応援できるというわけだ。

だらだらとした駆け足で、午前には見かけなかった
衣服の男子達が数十人、入場口から入ってくる。

選手は部に沿った衣装で走る。
柔道部なら道着、野球部や陸上部はユニフォーム。 帰宅部は制服だ。
彼もリレーに備えて昼休みの間にでも着替えていたのだろう。

部活対抗はルール上男女混合だが、女子が走っているのは
過去二年で二人しか見たことがない。 それくらい男子出場率の高い種目だ。


数十人の中から制服姿の男子数名の姿を捉え、無意識に彼の姿を探す。
あ、一番後ろ。

応援席とは反対の放送席サイドで、出場する部員達がぞろぞろと位置に付く。
今年は八チームだろうか。

本日何度目かのスターターピストルがパァンと鳴り響いた。
バトンを手にした選手が一斉で駆け出す。

スタートから十秒、混雑する最序盤を抜けて
グラウンドを半周もすれば走者の序列は大体分かる。

野球部、めっちゃ速い。

陸上部を差し置いて野球部の男子が先頭に立ち、応援席の前を駆け抜けていく。


『野球部、トップでバトンを渡しました』


続いて陸上部と帰宅部が第二走者へとバトンを繋げた。

彼はいつ走るのだろう。
前半のカーブを抜けていく走者を見つめる。

陸上部と帰宅部が足を並べるほど二位争いが熾烈で、
じわじわと野球部との距離を詰めている。 すごく、良い勝負だ。


帰宅部陸上部が野球部にすぐそこまで迫り、
第三走者の順位がもつれたタイミングで、トップ走者三組がアンカーにバトンを託す。

鶯茶の髪色の彼が、先頭に躍り出た。
他の追随を許さぬ速度で、その差を広げるように走り抜ける。


「うははは帰宅部バカはええ!」
「王子いいぞー!!」

(やっぱり綺麗だな、)


地面を蹴る足の軸から上半身まで、まっすぐで。

遠巻きながら、バトンを掲げて危なげなくゴールテープを切る姿に歓声があがった。







次の種目である騎馬戦が始まった頃に、彼は体操服姿で応援席に戻ってきた。
クラスメイトから次々と声を掛けられる様子を伺っていれば、ふと目が合った。


「み、見てたよ。かっこよかった」


不意を突かれたように二度、彼がぱちぱちと瞬く。

言葉選び間違えたか、と後悔……したのも束の間。
彼は顔を綻ばせ、年相応な笑みでピースをしてみせた。

……わ。

その直後、私の背後から王子君を呼ぶ声に、彼は反応してこの場を離れた。
クラスメイトと声を交わす後ろ姿を見つめ、普段より速く脈を打つ胸元を押さえる。

……なんか、勘違いしそうだ。






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