短編棚M

睡眠不足それ大丈夫?
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マンション入って出迎えるロビーの向かって左側には大きなテレビがある。

あまりにもでかいため、このテレビの前で
度々映画鑑賞会が開かれることもそう珍しくない。

テレビの前にはふっかふかの絨毯が敷かれているが、
絨毯を挟んだ先のソファからでも画面が見れるほどにテレビがでかい。

その特大テレビは今は適当なチャンネルが付けられており、
キャスターが無表情に淡々とニュースを伝えていた。

絨毯の上で体育座りをしてニュースを見つめている私。
ロビーの傍らではエレベーターが稼働して誰かが降りてくる気配だ。

1階の到着音と同時にエレベーターの扉が開かれる。
箱の中から出てきたのは紫原君と今吉君だった。

ひらひらと手動かすと絨毯に座っている私に視線を向けては硬直した。


「何やってんのー?」
「・・ホンマ何やっとん」
「しー」


発声した2人に向けて、自分の口元に人差し指を当てて小さく笑う。

絨毯の上に居るのが私だけだったら私の『静かに』のジェスチャーも、
紫原君と今吉君の硬直も問いもなかっただろう。

首周りとお腹周りに腕を回された私の背後には高尾君が眠りこけている。
くかー、と気持ちよさそうな寝息まで聞こえるものだから寝かしてやりたい。


「睡眠不足っぽいみたい。 寝かしとこ」
「いや寝とるのはええんやけど、なんで桜抱きしめとん」


小さくなった今吉君に声量に微笑む。
絨毯に乗り込む気なのか、今吉君も紫原君も絨毯の前で靴を脱ぎ始めている。

事の次第はロビーで鉢合わせた高尾君とのやり取りだった。

ロビーのソファに座っていた高尾君が最近顔色優れないなぁと思っていたら、
不意に眠そうに瞼をこするものだから声を掛けたのが始まりだった。

『最近気分悪そうだね』
『あちゃー、やっぱ分かります? 睡眠不足気味で』

学生だから日中は学校だし、休日は部活があるし。
帰宅したら家事があるし課題もあるし。

実際ソファに座っていた彼は自分の部屋で寝てしまわないように、
課題の消化をしていたところだった。


「今日は晩御飯振る舞うから少しでも寝たら、って言ったらね。
 抱き枕になってくれたら眠るかもって言われたから」
「高ちんそれ半分冗談で聞いてたよね多分」
「せやろな」


絨毯の上で楽な姿勢で座る今吉君と紫原君に笑みを浮かべる。

半分冗談だったとしたら残りの半分は本気だろう。
だから私は大人しく抱き枕になることにした。

・・・この座った状態で、この体勢で、高尾君の眠りが
ちゃんと深くなるのかという疑問には彼が寝落ちてから気がついたが。


「桜ニュース見とる?」
「あんまり。 付いてるのを見てる」
「チャンネル変えてええ?」
「いいよ」

「まぁ紅ちん、抱きしめ心地よさそーだもんね〜」
「サイズ? 感触?」
「感触言うたらセクハラなりそうやな」
「今ちんセクハラ」
「解せへんわぁ」


リモコンを弄ってチャンネル変える今吉君と、
ごろんと寝転がった紫原君との小声での会話。

セクハラの危惧をした今吉君が、
紫原君にセクハラ言われてるのが面白くて思わず吹き出してしまった。

多分抱き心地云々の話は恐らく女子を除いて大幅平均以上で構成された、
現役バスケ部住人の身長高い面々の影響でサイズだとは思うんだけど、
人並みに脂肪も付いているので感触だと言われても否定ができない。


「あ、紅ちん紅ちーん」
「んー?」

「高ちん起きてからでいいから少しだけ抱きしめていいー?」
「いいよー。 ただあんまり体重掛けないでね」
「りょーかい〜」


2メートルある紫原君は流石に重い。
素直な了承を笑みを浮かべる。

不意に込み上げてきた欠伸に口元を覆ってくぁ、と口を開いた。
うーん、抱きしめられてるせいか眠気来てるな。


「桜眠そうやな」
「あは、少し。 釣られたかな」
「紅ちんわりとハードスケジュールだよね。 毎日睡眠何時間?」
「え、私は睡眠時間疑われるレベルなの? 6時間は確保してるよ」

「へー、6時間は寝てるんだ・・・」
「1人だけ1日の経過時間ちゃうよな」
「分かる〜、俺らより圧倒的に長いよね」
「どういう意味?」


心底不思議そうな発言に首を傾げる。

今吉君と紫原君はお互い顔を見合わせて静かに頷いた。
なんか、今の会話で同盟か協定かできた?

テレビのチャンネルは一周してからのど自慢で止まった。
・・・選曲のランダムや鐘の音はあるけど、子守唄だこれ。


「完全オフの日ってどんな割合?」
「いや引きこもりの日で聞いた方がええやろこれ」
「引きこもる日は・・・多分ほぼない・・・」
「紅ちんある時急に過労で倒れそうだよね」

「あっそれは大丈夫。 私には優秀なドクターストップが付いてる」
「優秀なドクターストップ」
「まぁ赤司君リコちゃんを代表としたマンションの皆なんだけど」
「どっちが保護者やねん最年長」


マンション住人の最年長が私で、最年少が高校1年。
その差は3年しかないという非常に特殊環境。

最年長と言えど高校卒業して即大人として切り替わるわけもなく。

成程、人間ってこうやって徐々に大人になるのか。
そう気付いたのはいつ頃だろうか。

年下の彼らに甘えることも度々ある。
・・・いやわりと頼りすぎている気がする。

甘えた分だけ私も甘やかすぞ。
謎の決意は住人が極少数の頃に立てたものだった。

住人増えたなぁ。


「・・・いや、それにしても」
「?」
「どしたん?」

「抱きしめられてると眠くなるな・・・」
「その体勢で寝る気?」
「のど自慢子守唄だし・・・」
「ぶは」


2人が絨毯に乗り込んでから一番の吹き出し方をした今吉君は、
くつくつと面白そうに笑っていた。

・・・瞼伏せたら一気に眠気が押し寄せるなぁ。

眠ってる高尾君には悪いが少し凭れさせてもらおう。
深く呼吸をするとテレビの声が遠のいていく気がした。



「紅ちん?」
「桜?」
「・・・あー」
「これは寝たな」



(・・・・ん?)
(おー、高尾起きたか)
(・・・? ・・・あれっ、桜ねーさん寝てる!?
 てーか今吉サンいつのまに来たの・・全然気付かなかった)
(ぐっすりやったもんな。 さっきまで紫原もおったんやけど一旦帰った)

(そっかぁ。 ・・・桜ねーさんこれいつから寝てるの?)
(10分くらい前やろか)
(ふーん・・・いっそ後1時間くらい桜ねーさん寝ててくんねーかな)
(おーい、高尾下心漏れとるでー)





 

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