短編棚R

眠る眠らない姫
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ヴァリアー雲の守護者にして、
2代目剣帝とも呼ばれるスクアーロとサシで戦えるほどに剣の腕に優れ、
性別の危ういマーモンを除けば幹部唯一の女性である彼女が。

メーゼが眠らないという話は、先日巻き込まれたフランも合わせ、
ボス含む幹部全員が周知の事実であった。



「うちの幹部って大方眠り浅い人達ばっかですけどー」
「うん」
「メーゼセンパイ、浅いとかじゃなくて起きてんですもんねー」
「起きてるわね」

「なんで生きてんですか?」
「・・・それは罵倒?」
「すみません、本心が。 少なくとも悪意ある発言ではないですー」


彼女から怪訝そうに問い返された発言に、
彼は髪とよく似たエメラルドグリーンの瞳を伏せ、素直な心境を口にした。

危険が無い、とは言い切れないが、襲撃もなく基本平和なヴァリアー邸で聞く
彼特有の間延びした喋り方はどこか気が抜ける。

メーゼは少し息を吐き出すと、海のような蒼い髪を
ベッドに散らばしたまま寝返りを打った。


マーモンに次いで霧の幹部であるフランが、
メーゼに「寝るから付き合って」と呼び出されたのはこれで2度目であり、
前回からさして日は開いてなかった。

「何故またミーなんですー?」との問いは、
スンとした表情で「だって他の人空いてないんだもの」と返ってきた。

迷惑なら断ってもいいんだけど、と
続けたメーゼを拒否るのは彼にはできなかった。

彼女が唯一と言っていいほどの弱点であり、
睡眠ともあろう三大欲求の一角が深刻な状態なのだ。 本気で。

そしてそれは、恐らく幹部全員がそうである、と思う。

あまりにも。 あまりにも。

自分の暇な時間がメーゼの睡眠に当てられるならくれてやると
言いそうなメンバーはフランの頭にも1か2ほど思い浮かぶ。

それほどまでに深刻なのだ。

彼女のスーンとした表情は変わらないから、
深刻みは正直いまいち伝わってこないのだが。


フランは溜息のように1つ息を吐き出すと、
既にメーゼが寝転がっているベッドの、空いている左側半分に寝転がる。

エメラルドグリーンの髪を纏った頭が、ぼすんという音と共に枕に沈んだ。


「今日はいつまで寝るんですー?」
「夕飯までには起きるよ。 17時とか、だと理想かな」
「はー、なら今から2時間暇人かー」
「私の趣味でもよければそこの本棚から小説取って読んでていいのよ?」

「メーゼセンパイともあろう美人を
 抱きしめるチャンス逃して男やってられるかーです」
「何言ってんの」
「何言ってんでしょうね。 あー、美人だとは思ってます」


フランは寝返りを打ち、左肩を下に向ける。
と、先程寝返りを打ったメーゼと向かい合う形になる。

右腕を上げて空間を作れば、何の警戒心も無しに彼女は滑り込んだ。

上げていた腕を下ろすと、自然とメーゼの腰に腕が回る。
ふと彼女の顔を伺うと既に瞼を閉じていた。


「・・・えー、」
「不満そうな声」


俯いているからか、フランの胸板に多少覆われているのか、
メーゼの声は若干くぐもっている。


「いやぁ。 本人真面目な辺りタチ悪いなーって思ってました」
「・・あぁ、無防備云々の話?」
「よくお分かりでー」

「襲われない確信を持って頼んでるもの」
「タチ悪っ」
「人の良心に付け込んでる自覚はあるから」
「堕王子の性格より、センパイ悪いヒトですねー?」







完全に寝る体勢に入ってから5分とせずにメーゼは寝息を立て始める。
彼女が眠ったのは、おやつの時間も良い頃な15時だった。

意識が切れている時は多少動かされた程度じゃ起きないから、と
前回言われたフランは、彼女が眠って15分ほどした頃にふと顔を覗いた。

・・これが年齢不相応なほどに幼いのだ。

談話室で寝てる時(実際は意識があって起きているそうだが)も、
寝顔が幼いとすら思わなかった。

寧ろこの人寝てる時も隙無いなー、凛としてるなー、が素直な感想だ。


「(確かにあの睡眠に絡んだ話を聞いて、信用してると言われた上で
 こんなグッスリ眠られちゃ手ぇ出しようないですけどー・・・)」


不安だ。

彼女に特別な感情を抱いているかと問われれば多分NO、だとは思う。

ただヴァリアーは男所帯だ。
影であちこち働いている使用人が女性多いくらいで。

そんで、メーゼともあろう彼女はこの顔だ。 美人なのだ。

起きてるメーゼの心配するのは無駄だ。 彼女は強い。 周知だ。
でも本人は睡眠に難を抱えている。 ほぼ気絶状態だ。 不安だ。


・・・そういえばヴァリアーに来る前は、
この難を抱えまくった眠りに関してどうしていたのだろう。

生まれつきそんな難儀な体質だったのだろうか?

流石にそこまで教えられなかった気がする。
聞いたら答えてくれるのだろうか。





 
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