短編棚影
□5月の挑発
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いくら悪人面だろうが根っこは律儀な人っぽいと感じた上で、
同じクラスで、共通の友人にゾエさんが居ると自然と会話頻度は増える。
通学途中で購入したアポロをひょいひょいとゾエさんの口に放り込むのを
見ていた彼は「ゾエがひよこに見える」と呟いて吹き出してしまった。
甘いの苦手そうだなーと思いながら「影浦君も要る?」と聞くと、
彼は幾度か瞬きを繰り返した後「その呼び方邪魔くせーな」と述べた。
あれ、アポロは? 呼び方って影浦君って奴?
そんな経過を辿ってから彼のことはカゲ呼びだ。
因みにアポロは2粒だけ要求された。 食べるんだ、意外。
*
私の席は最後列の左寄り、黒板は遠いがまぁ真正面。
国近の席は黒板最前列の右寄り、流石に席がほぼ真逆のため頭すら見えない。
ゾエさんの席は私から4列前の1つ左、頭部がよく見える。
カゲの席は私から3列右の1つ前、動作も表情も比較的よく見える。
今月に入ってから突拍子もなく行われた席替えは、
ボーダー繋がりの友人とはかなり席が離れてしまった。
最後列の席は先生の目も届きづらくて気楽でラッキー、正直嬉しい。
先生の声を聞き流しながら来月から始まるランク戦に向けて、
相手の行動を予測したり作戦考えたりとメモを取る。
あれこれとしばらく思考を繰り返していたが、
煮詰まったのかこれ以上何の案も出せそうになかった。 ペンを置く。
この後は本部行って自主練しようかな。
まだまだ奈良坂や当真の精密さには程遠い。
威力低いライトニングでもヘッドショットなら一撃でやれるのかな?
ペンを置いて手ぶらになった右手、親指と人差し指以外の指を軽く握る。
銃の形をした手はスナイパーライフルにしては短いと思いながら、
銃口に見立てた人差し指の先端を4列先のゾエさんに向ける。
・・・動いていない相手なら多分撃ち抜ける。
ゾエさんに照準合わせた人差し指を向けたまま、
狙撃銃の撃った瞬間、手元に掛かる反動と負担を再現する。
撃った動作をしつつも何も発しない指先は、
ゾエさんになんの反応も与えることができずに指の先端が斜めに天井を向く。
よく飛ぶ輪ゴムとかあったら当てられた、多分。
ちらりと視線を右側に向けてカゲの様子を見ると、
頬杖をついてノートにペンを走らせてた。
絶対授業と関係ないこと書いてんだろうな、付き合い浅いけど私には分かる。
ゾエさんほど面積広くないけどカゲも動いてなければ撃ち抜けるかな?
実際のランク戦で動いていない相手って居ないけど。
銃に見立てた右手をカゲに向けて数秒の硬直。
狙いを定めて心の中で撃つ、と唱える。
・・・急に頬杖を解いたカゲが視線をこっちに向けた。
うそ、気付かれた? だって多分そこギリギリ死角じゃん。
驚いて瞬きを数度繰り返す私にカゲは呆れたように溜息を1つ吐くと、
私の銃を払い除けるようにペンを持ったままの右手をしっしっと振った。
「カゲってエスパーなのかな」
「はぁ」
昼ご飯の間、カゲ周辺の席に座る生徒が概ねどっかに行った。
カゲの1つ前の席を陣取ってコンビニで買ってきたパンを口に含みながら、
授業中の例の件に関しての所感を本人の前で述べると、
随分と端的にどーでもよさそうな無気力返事。 いやお前のことだぞカゲ。
私が昼ご飯の時間にカゲに絡んで近くの席に座ったのが珍しかったのか、
混ざってやり取りを聞いていたゾエさんは微妙な笑顔を見せながら頷いてた。
「あ〜・・楓ちゃんやっぱり?」
「ん?」
「カゲ、喋っていい?」
「勝手にしろ」
何の話だ? 疑問符を浮かべたままパンを食べる。
本人からの許可が得れるとゾエさんが喋り出す。
カゲにはサイドエフェクトがあって、それが感情受信体質であると。
カゲ伝いに聞いていたらしいゾエさんの説明と、
時折本人の注釈解釈混ぜながら聞いていた私はパンを食す手が止まった。
「だからカゲには不意打ちとか効かないんだよ、狙撃も」
「ちょっと待ってよカゲそんなのあったの!?
うわっ、スナイパー殺しじゃん!!」
「うるせー、こんなのろくなもんじゃねーぞ」
「それは気の毒だけど! くっ、感情殺す練習でもするか・・・」
「楓ちゃんは暗殺者にでもなる気なの?」
パン食べるのを再開しながらぼやく私を苦笑いでツッコミ入れるゾエさんは、
お弁当箱に入っていたらしいプチトマトのヘタを持って実を私に差し出した。
「今朝のじゃがりこのお礼〜」
ちょ、今口も手も空いてないんだけど。
急ぎで口の中のものを飲み込んで差し出されたプチトマトを歯で挟む。
ゾエさんはそれを見るとピッと引っ張ってヘタを取り除いた。
顔を上げてプチトマトを口の中に含む。
「ありはと」
「どういたしまして」
「薄々思ってたけどおめーら距離感可笑しいよな」
「私はよくパーソナルスペース狭いって言われる」
「ゾエさんは・・・1年間餌付けされたからね・・・」
「餌付け認めちゃったよ」
数秒でプチトマトを完食して残りのパンも口の中に含む。
カゲは食べるの早くてもう早ゴミを片付けだしていた。
片付けしてるカゲがふと思い出したように顔を上げる。
「あ、つーか杜若」
「んん?」
「B級ランク戦、俺ら次シーズンから参加」
カゲの言葉に幾度か瞬きを繰り返した後、最後の一口をごくんと飲み込む。
「は!?」
「影浦隊ー、結成しちゃった」
「マジ!? オペ誰!?」
「ヒカリちゃん! 知ってる?」
「仁礼光か!!」
「正解! 楓ちゃん詳しいね」
「うちのオペ繋がりで顔馴染みは結構多いよ。
ヒカリかー・・・ゾエさんとカゲには確かに合ってるかも・・・」
正直あのヒカリ指揮の押せ押せ感はシンプルかつ豪胆で羨ましさすらある。
あの勢いの良さは見習わないといけないと思う。
そっか、ゾエさんとカゲ隊組んだのか。 そっか。
・・・あれ? ということはとうとうランク戦本番で、
カゲとマッチングする可能性が出てきたんだな。
あれ? カゲって隊長と10本やって6対4で勝つし、
攻撃手順位も1桁って言ってたし単純に強いんだよね。
ゾエさんもトリオンかなり高かったっぽいし案外ランク戦で当たるの早い?
あれ? 確か私1、2ヶ月くらい前にカゲ撃ち抜く宣言して、
・・・あれっ、今さっき不意打ち狙撃効かないってゾエさん言っ、
「杜若」
口元覆って思考巡らせていた私を静かに呼びかける声にぎくりと肩が震えた。
油のさしていないロボットのように不自然な速度でカゲへと顔を向ける。
ギザギザの歯を見せるカゲは金色の瞳で私を見据え、
始業式の日の夕方のように挑発的な笑みを浮かべていた。
「撃ち抜くんだろ?」
「こ、このやろう・・・」
流石に顔が引き攣った。
「わぁ、火花バチバチだ〜」
◆どっちが挑戦者なのやら
(まずはここまで上がって来いや・・・)
(すぐ行ってやるよ)
(カゲは山吹さんとはよくソロやってるけど、楓ちゃんとは?)
(コイツ狙撃手だろ? まだやってねぇよ)
(あれ? でも確か楓ちゃんス)
(わーっ!!!)
(むぐっ)
(あァ?)