短編棚影

□6月の相談
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まさか、まさかカゲが不意打ちや狙撃が効かないとは思わなかった。

衝撃カミングアウトを受けてしばらくカゲの個人戦ログを漁ったのだけど、
確かにそれらしい片鱗が見えている。

誰かの攻撃の度に勘付くような僅かな反応とか。

余程の相手でないとダメージ負う気配すら怪しいほど鋭く、
これを、撃ち抜くと、私は宣言したのかぁ・・・と思うと、
隊長が見せた不思議な笑みに納得行くような気がした。


「聞いてませんよ静香さん・・・カゲが感情受信体質だったとか・・」
「あ、とうとう知った?」


ランク戦が始まって数週間、中位と上位を行き来する山吹隊と
新設影浦隊がラウンド5でマッチングが確定した際の作戦室。

今の今まで言い忘れていたことを顔を覆いながら静香さんに告げれば、
彼女は申し訳無さそうに笑いながら両手を合わせた。


「ごめんね、隠す気はなかったんだけど。 決意した後に告げると、
 せっかくのモチベ下げるかなと思ってマッチングまで黙るつもりだったの」


う。 それは確かに。 静香さんの考えは最もで、
隊長がタイマンで勝てないB級隊員の存在知ったから気合入ったのだけど。

カゲの感情受信体質を踏まえた上で、ラウンド5に向けての対策を練る。

今回マップ選択権のある影浦隊以外は狙撃手が居ること、
それによって狙撃手封じマップである可能性が濃厚なこと。

攻撃手の静香さんと狙撃手の私で構成された2人隊である山吹隊は、
狙撃手封じも相まって順位が1番高いけど1番不利なこと。


「だってこうなったら実質まともに動けるの静香さんのみですもんね。
 私仕事できなさすぎるし、静香さんの負担やばそ〜・・・」
「影浦君が重いなぁ、彼と序盤からぶつかるのは流石に避けたい」


隊はどっちを狙うのか、2隊の行動の予測、
オペレーターの八重も交えて諸々作戦を練っていく。

私は正直作戦立案はまだまだ初心者だと思うけれど、
静香さんの考えが語られると分かりやすくて自分もいろいろ考えたくなる。

こういうところが本当に凄いと思う。


「あ、そういえば静香さん」
「何?」
「個人戦記録見たんですけど、静香さんってカゲ撒くの上手いですよね?」


カゲって感情受信とかいうサイドエフェクトあるから、
正直1度捕まったら逃げ切れないとすら思っていた。

実際ほとんどのログがそうだけど、2人のログを見たら案外そうでもない。
っていうか、単純に静香さんがカゲ撒くのが上手い。

静香さんは驚いたように少しだけ眉を寄せた。


「上手いのかな。 分が悪いと思った時に仕切り直したくて姿隠すね」
「カゲ相手に何らかの感情を抱く時点でアウトなわけじゃないですか。
 どうやって撒いてます? 今回狙撃手狙われるだろうし参考にしたいです」


どうやって、と私の言葉を1度復唱して少し悩む様子の静香さん。
静香さんにも感情は当然あるし、彼もそれは感知してる風だ。

余程感情を殺してるとかでないとカゲには刺さる。 だから逃げ切れない。
それなのに逃げ切る彼女には何か、コツみたいなのがありそうだと。

しばらく悩んだ様子から不意に顔を上げた隊長はオペに視線を向けた。


「・・・八重、残りのログ集め任せちゃっていい?」
「らじゃ!」
「楓は付いてきて」
「へ?」







ラウンド5への作戦を中断して作戦室を出てきて、
静香さんに連れてこられたのは個人ランク戦だった。

「推測と彼の体質の解釈が混ざるんだけど、実際に見た方がいいかも」

そう前置きをして2階ブースへの階段を上って行くものだから、
ランク戦するのかな、実戦で見せてくれるのだろうかと思っていたら、
彼女は空いたブースの前で、ブースに背を向けた。

個人ランク戦へ集まっている人が概ね見渡せる少し高い位置。
C級隊員を中心にソファに座っている人やブースに入っていく人の姿。


「楓って今生身よね、視力良かったっけ?」
「視力検査の1.5がギリギリ見えます」
「凄く良いなぁ」


笑いながら人の行き交う様子を眺める静香さんの横に並んで視線を落とす。


「今居るのは訓練生ばかりみたいね。 眺めていてどんな気持ち?」
「どんな気持ち・・・? ひ、人だな・・・」
「ふふ」


正直に今の気持ちを述べれば浅く笑われた。

えっ、知らない人ばかりの姿見てこれ以上に抱えることある?
知らない人ばかりだなとか、知ってる人居ないかなとか?

訓練生にそれほど面識があるわけでもないのでちょっと困る。


「そうね、それじゃ今左側の通路から入ってきた人は?」
「あ、熊谷」


語り出しにすぐそちらに視線を向ければ熊谷が個人ランク戦内に来ていた。

静香さんから軽くレクチャーを受けた経験があったみたいで、
律儀に作戦室に手土産くれたのは極少数しか知らないエピソードだと思う。

熊谷は誰かと待ち合わせしてるのか辺りを見渡している。


「そのまま彼女に照準合わせてみて」


前にこれをカゲにやった時にバレたんだよなぁ。
ぼんやり考えながら右手でぴっと作った人差し指の銃口を熊谷に向ける。

特定の場所を目指そうとせずに歩く彼女は正直動きが読めなくて狙いにくい。
ありもしないスコープに覗き込むように左目を瞑る。


「今の一連の流れで対象への集中度合いが変わったの自覚できた?」


隣から飛んできた声にはたり、と思考と動作に一時停止が掛けられる。
集中度合いと言われてあ、成程、と少し納得する。

知らない訓練生は流し見ばかりだったのに熊谷に気付いた瞬間、
訓練生の中に1人紛れる彼女の行動を無意識に視線で追っている。

熊谷に何か形容できる感情を抱いたかというわけではないけれど、
知らない人なら多分ここまで行動を眺めはしない。

それで彼女がターゲットになると、
今度は周りの訓練生の姿がほとんど見えなくなった。

そうか、まさか感情だけじゃなくて、意識も感じ取るのか。


「感情の強さが彼の感じる刺さり方の強さに比例すると思っていて、
 ようは興味ないほど、彼を彼だと認識しないほど刺さりが浅い」
「言いたいことはなんとなく、」


刺さり方が浅いということは反応が鈍いということだ。

カゲの体質知った瞬間に口走った「感情を殺す」という案は、
意外と的外れではないのかもしれない。


「だから手順を言うならまずは認知されないように感情を薄めること。
 後は彼の視界から姿を消すこと。 重要なのはこの2点かなぁ」


個人ランク戦の場所に来た目的が終わったようで、
静香さんは訓練生達が居る方に背を向けて手すりに軽く凭れた。

説明の声で彼女に視線を向けていたけれど、
ぱっと訓練生の方に視線を戻したら熊谷の姿は見当たらなくなった。

ブースに入ったのか、目当てが見つからなくて帰ったのかもしれない。
倣うように手すりに背中を預けると視界が壁と扉で埋め尽くされる。


「カゲの体質に、こう、感情の射程ってあると思います?
 近くに居るよりも遠い方が刺さりが甘い、みたいな」
「あると思う。 もし距離関係ないなら撃つ前から狙撃手の場所が分かる」
「それは困る・・・あ、そうか撃つ直前の攻撃意識を拾っているのか」
「推測と解釈だけど、多分」


誰とも知れぬ人を視界に入れるよりも1人の知人友人の姿。
1人の知人友人よりもターゲットとして狙う対象。

ターゲットとしてスコープを覗くよりも、引き金に手を掛ける瞬間。

感情に強さと射程かぁ、と考えるとわりと狙撃に類似してる気がする。
まぁ感情の弾速は光速なのだろうけど。


「理屈聞いてもカゲにロックオンされた時点で逃げ切れる気しないな・・・」
「影浦君に狙われた時点で若干恐怖すらあるよね」
「そうなんですよね。 そしたら恐怖心が刺さるんですよね、多分。
 返り討ちにしたいと言いたいところだけどアレ見てると射程が、」


カゲって特定の感情を辿れるのかな。

強い攻撃意識があればそっちに気が行きやすいとは思うけど、
優先順位変えて感情を辿られたらどうしようもない気がする。

大体視覚でカゲを認識した時点で感情が刺さるとしたら、
潜り抜ける難易度が跳ね上がる。 え、無理じゃん?

カゲを返り討ちにする方法が思い浮かばなかったので、
逃げ切る方向で考えていたけど手段も方法も見つからない。

むー、と唸るとその様子を眺めてた静香さんがくすりと浅く笑った。


「まぁ視認してなくても、彼を考える時点で体質の条件は満たしていて、」


静香さんの上着に入っていたらしいスマホが突如ピンコーンと音を発す。

語りを中断した静香さんは画面を開き2秒視線を落とすと画面を見せた。
まだロック解除もされていないメッセージの通知画面。


[山吹おめー杜若と何の話してやがんだ]


影浦と表示された名とその文章に思わずばっと振り返る。

階下の方に視線をざっと流せば、訓練生の白い隊服の中に混じって1つ、
こちらを見上げる真っ黒で猫背のその立ち姿を見つけるのは案外容易だった。


「うわカゲいつのまに来てたの」
「さっき。 ったく勝手に人の話を長々しやがって」
「タイミング悪いなぁ」
「ここで俺の話してるおめーらが悪い。 おら、山吹ブース入れ」


カゲがブースに入るように指をブースに向ける。
当の静香さんは振り返らないまま溜息混じりに肩を上げて笑っているけれど。

あ、そういえばたまにカゲに個人戦呼び出されるって言ってたな。

まだ作戦も対策案も途中だけど静香さんどうするんだろ、
と他人事のようにぼんやり考えていたら階下のカゲとばっちり視線があった。

顎にマスク引っ掛けてるカゲの口が見えるわけだが、
数度ゆっくり瞬きした彼の口角が一瞬上がった。 うわ、嫌な予感。


「杜若も一緒でいいぜ、スコーピオンあんだろ」
「げー、やっぱ伝わってるよなぁ」


伝わらずに済むとは思ってなかったし、知られなかったからと言って
不意打ちが決まるわけではないけど、できれば知られたくなかった。

しっかりと眉を顰める私に、カゲの眉が僅かに寄る。


「・・・今すんげー微妙に嫌な奴食らった」


独り言のように呟くカゲの言葉を拾ったらしい静香さんが、
肩を揺らすように笑い始めて「山吹テメェ」とカゲの咎めが入る。

授業料と思うことにする、と笑う静香さんが目の前のブースに入って行った。



◆尚私はガチ拒否で回避成功した



(影浦君がうちに来てくれてたらこういうこともなかったんだけどなぁ)
(ぜってー嫌っつったろ)
(!? あ、うそうそ、まさか静香さんってカゲスカウトしてたの!?)
(実は楓見つけるよりも前にね。 ご覧の通り即拒否だったけど)





 

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