短編棚

居眠りの絵描き少女
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入学から1ヶ月、入学当初から席替えが行われていない当クラス。
左手には青空の映る窓に、前方の席には最近できた座高の高い部活の相棒。

・・・右隣の席に座る彼女、も 見慣れてしまい馴染みつつあるが、
一度も話したことがない。 どころか。 起きているとこを見たことがない。

驚いたことに隣の席に座る彼女こと、
紅咲桜さんは授業中全部寝てるのである。

マジですかこの人。
幾度かの瞬きと共に視線を送るが彼女はピクリともしない。

何人かの先生は最早諦めてる気配すらあるが、この時間の先生は少々厳しい。

机に突っ伏したまま眠る紅咲さんを見ては咳払いし、
教科書を片手に机と机の合間を縫って近づいてきた。


「紅咲」


名字を呼ぶなり、彼女の頭部に構えられた教科書がするりと抜け、
重力に従い紅咲さんの頭上にドスンと落ちた。


「ぶっ、」
「おい、紅咲」
「・・・すぅ・・・・」


痛みで鈍い声は出したものの、お構いなしである。
すぐさま寝息を立てはじめた様子に先生は重く溜息をついた。

このやり取りが行われるのも片手で足りる回数ではない。

随分と苦い表情をしていたが、諦めたかのように教壇に戻った。

前方の席に座る火神君は少し椅子に凭れ、声量を抑え話しかけてきた。


「お前の隣の席の奴、全然起きねぇな」
「寝顔しか見たことないですよね」


あまりに奇妙なので起きている彼女を見てみようと試みた者は居るらしいが、
朝誰よりも早く一番に教室に来たと思ったら、
既に紅咲さんは来てて机に突っ伏して寝てたという。

終礼の挨拶が終わっても彼女は眠っているが、
部活終了後に教室に戻ったら彼女の姿は無いし。

下手したら一種のミスディレクションのような気さえしてくる。
・・・おや? 彼女が昼ご飯食べる姿すら記憶にない。


「入学してから今日までの1ヶ月ずっと寝てね?」
「移動はしてるのでどこかで起きてるとは思うんですが・・」


あまりにも起きている姿を目撃する人が少ないもんで、
一種の霊的じゃない七不思議に任命されていそう。 そんなレベル。

タイミングが悪い? にしては寧ろ良すぎでしょう。

それとも彼女が周りに合わせて、わざと寝たふりをしてる・・・とか。
起きた姿を見られたくない? 寝顔は見えるから顔が理由ではないと思う。

本を読む人間である僕は彼女の眠りに推測を立ててみたくなる。

進んでいく授業の傍らで規則正しい寝息。
一度くらいは話してみたい、なんて思わなくもないんですけれど。







そんなやり取りから2日が経過した。
それ以降も相変わらず、居眠りにしては長すぎる時間を眠る彼女を見ていた。

机に突っ伏して眠ってるのがあまりに長時間なので、
身体を痛めるんじゃないかという余計な心配すら湧いてくる。

昼休みの間に借りた本を元の場所に戻そうと、
図書室の奥に足を運んだ時、その姿を見た。

本を片手に机の上に伏せている紅咲さん。
やはり眠っているようで起き上がる様子はない。

彼女の様子を伺おうとすぐ近くまで寄る。

紅咲さんの向かいのテーブルには、
描きかけと思われる1枚の大きな紙が下書きのまま横になっていた。

・・・昼休みにこちらに来ている、ってことは目撃者が居るんだろうか。
昼休みは人がバラけて教室に居る人数が少ないにしたって0ではない。

紅咲さんほどの不動な人が動けば気づくようにも思うけれど。

返すべき本棚を通り過ぎて返却本を腕に抱えたまま、
机の隣にしゃがんで目を閉じたままの彼女を見つめる。

・・・起きないな。


「人間観察?」


ばち、と開いた瞼に心臓が跳ねた。

寝起きとは思えぬような一瞬灯った鋭い眼光と意地悪げに上げられた口角。
初めて見た瞳と初めてまともに聞いた言葉。

衝撃や驚愕はいくらでも。


「っ、びっくり・・しました」
「あは、ごめん」


悪びれもせずに笑みを浮かべた彼女は座り直して背伸びをした。

影が薄いと言えど流石に目の前だと気付いたらしい。
驚かしてしまうタイプなのでその逆は本当に驚いた。

ばくばくと脈打つ心臓を抑えながら、その場からゆっくりと立ち上がる。

机の上に開かれた1冊の本に視線が行った。


「読書していたんですか?」
「そんなとこ。 5分読んだら寝ちゃったみたい」


彼女は机に肘をついて欠伸を1つする彼女の背後を回り、
紅咲さんの左の席に腰を下ろした。

振り向かれてはいない、正面を見つめる彼女の顔を見れば初めて見る横顔。
彼女の視線の先はどこか曖昧でぼんやりしているように見える。

瞼を開いた時の一瞬の眼光は今や見る影もない。
どこか掴みどころのない人だなと思う。

ふと何かに気づいた表情を見せた紅咲さんは視線を僕へと切り替えた。


「黒子君だよね。 隣の席の」
「・・・よく覚えてますね」
「実物はあまり見たことないんだけど気配の薄さでなんとなく」
「気配の薄さ」

「君の部活ってなんだっけ?」
「バスケ部ですよ」
「あ、っれ ちょっと意外。 まぁいいや」


少しだけ驚いたような表情を浮かべた紅咲さんは、
机の上を這うように前のめりになって、
広げていた下書きのままの画用紙を引っ張り手元に持ってきた。


「黒子君ってスランプに陥った時どうする?」


画用紙を指でなぞるように触れ、
小さく息を吐きながら彼女は画用紙の上に伏せた。

顔はこちらに向かれているので表情を見るのは難しくない。

スランプ。 この画用紙は彼女の物だったか。
というか 絵を描く人だったのか。


「美術部なんだけどさー、スランプ真っ只中なんだよねー。
 どうしたら解決できると思うよ、黒子君」
「え、えぇと・・僕は絵心がないので、どうとも」


彼女が望むだろう言葉を一切返せずに少々困った様子を見せる。
「だよねー、多分黒子君絵描かないもんね」とぽそりと呟いた。

んー、と悩みこむように目を瞑る彼女を見つめ。

数秒の沈黙、静寂。 瞑っていた目がはたりと開いた。


「・・ん? 今さっき、何の部活って言ってたっけ」
「バスケ部です」
「・・・バスケ」


繰り返すように紡いだ彼女が不思議でとりあえず様子を伺う。
紅咲さんはのそりと起き上がると更に数秒考え込んだ表情をした。


「私、バスケの絵って描いたことない」
「そう、なんですか?」

「あ、そうなんだよね。 黒子君は今初知りだったと思うけど。
 で、あ、そう。 部活見学しちゃダメかな?
 マネージャー志望じゃなきゃ見学ダメだったりする? かな」


おぉ。 急に饒舌になりますね。

どこか淡々とした印象を受けていたが、
今の彼女は生き生きしているように見える。

成程、絵好き。

入学から1ヶ月、あまりにも謎に包まれた彼女だったが
この数分で紅咲さんは僕が思っているよりは人間であると理解。

どこか面白くて小さく笑ってしまった。


「カントクに相談してみます」
「やった、ありがと」
「まだ決まったわけじゃないので、断られても恨まないでくださいね」
「そん時は私がそのカントクさんに頼み込むよー」


ケラケラと気さくに笑い出す彼女の人間味をじわじわと感じる。

会話に一区切り付き、彼女は何を思ったのか「よし」と言葉を放った後、
ゆっくりと頭を下げてまた机に伏した。

おや。 ・・・まさか。

数秒眺めていれば予感は的中、伏せた彼女から普段の寝息が聞こえてきた。

・・なんて人だろう。
今10秒前まで喋ってたとは思えない寝付きの良さ。

彼女の肩を2度ほど軽く叩いて「後3分で予鈴ですよ」と伝える。

席から立ち上がり、腕に抱えたままの本を棚に戻した後、
ポケットからケータイを取り出して
カントクに部活を見学したい人がいるとのメールを打つ。


昼休み明け、5時間目の授業。
いつの間にやら彼女がいつものように隣の席で眠っているのを見た僕は。


「(・・・夢だったにしてはあまりにも鮮明、)」


あまりにも一瞬、あまりにも鮮明。

ずっと眠っている姿しか見たことのない彼女と話していたことが、
幻覚だったのでは、そんな錯覚に惑わされている。





(紅咲さん。 カントクから許可の返事来ましたよ)
(・・・・う、ん・・・・)
(黒子、紅咲起こして何やってんの?)
(彼女との約束果たさなきゃいけないので・・)

(約束・・・は!? お前、コイツと話したの!? いつ!?)
(少しですけど。 図書室で)
(・・・ん、もー・・うるさいなぁ、 何の話してるの・・?)
((!!))





 

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