短編棚

二重人格なんだろうな
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「桜ちゃん♪ おっはよ」
「あ、おはようございます 高尾君」


後ろの席についた桜ちゃんに挨拶するのは、
席替えをしてからの日課になりつつあった。

文学少女、 その言葉がよく似合う

赤いフレームの眼鏡、鎖骨辺りまで伸びた茶髪っ毛のある髪

おさげのようにくくられた、短い2つのみつあみが
机に鞄を置くのと同時に小さく揺れた


「・・あのさー、桜ちゃん」
「はい? 何でしょう」


そんな桜ちゃんの反面、偶然俺は知ってしまった
昨日先輩に絡まれてた彼女を見つけた時に。

ぱちくりと瞬きをする桜ちゃんを見、声を小さくした


「2人で喋ってる時くらい、その敬語やめてくんねーの?」
「何を言いますか。 高尾君だって、今の私のことを
 『ちゃん』を付けて呼んでるじゃないですか?」
「そーれはー、桜ちゃんが敬語だから」
「・・・意味が分かりません」


小さく溜め息をついた桜ちゃん
こっちはこっちで思案に暮れてしまった。

もう一度、あの時の『桜』が見てーんだけど


「・・つーか今までよく騙せたよな、もう10月だぜ?」
「人聞きの悪いこと、おっしゃらないでください。
 このスタイルでは、これが普通なんです」


鞄の中から教科書を出し、慣れた手つきで
机に教科書を入れていく動作を、ぼーっと見ていた


「紅咲さんー! お隣のクラスからー」
「あっ、はい! すみません、高尾君 失礼します」


小さく礼をして、立ち上がる。
廊下の外に女子グループの人が何人か居たのが見えた

・・・昨日の先輩といい、やたら絡まれるなぁ・・・桜ちゃん
立ち話だけみたいだから、暴力は振るわれないだろうけど

と思いつつ、またもぼーっとしていたら。


「シラ切ってんじゃないわよ!」


突如女子の怒鳴る声が聞こえた。
・・・何だ何だ? 思わず立ち上がって、廊下側まで歩く

桜ちゃんとその女子グループの周りに、
人だかりができているは一目で分かった


「あたし聞いたのよ! あんた『燐火』なんでしょ!?
 人騙すのもいい加減にしなさいよ!」
「・・・何でそこでキレてるんですか」


怒鳴ってた女子がそう告げて、周りがざわついた。
桜ちゃんは、小さく溜め息をついて何ともないような顔をして

・・・燐火、 去年デビューした有名高校生歌手
そういや昨日生放送出てなかったっけ


「・・・あの先輩方ったら・・・他言無用だと言いましたのに」


小さくポツリと言った声に、気付いたのが
俺だけじゃないのは明らかで。

火に油注いだのか、女子グループの1人が彼女に手を出した


「眼鏡っ、取りなさいよ!」
「あ、ちょ 返してください」
「・・・何よ、これ! 度数入ってないじゃない!?」


・・・え、伊達だったのは初めて知った。
つか、ちょっと待って。 この流れって間違いなくあれじゃん

同学年、下手したら学校全体にバレんじゃね

そんな俺の心配をよそに、桜ちゃんは俯きながら言葉を紡いだ


「・・・私が、『燐火』ならどうするつもりだったんです?」
「は!? 確かめに来ただけじゃ悪いの!?
 仮にあんたが燐火だとして今まで隠す必要があったわけ!?」
「だって、わーわーきゃいきゃい・・五月蝿いじゃないですか?」


大きな溜め息をついた桜ちゃんは、
自らみつあみを留めていたヘアゴムを外した。

緩くウェーブのついた髪を揺らして、眼鏡を取り返して。

上げた顔に、周りがざわついたのは言うまでもなく
多少の違いはあるものの、テレビなどで見る歌手の「燐火」で


「私が何をしていようと、そんなの自由でしょ。
 いちいち関与されたくないから隠してた。 それが答え」


キッ、と睨み付けられた女子達が 小さく後ずさりした
・・・出た。 素の『桜』、

いや、眼鏡かけて髪くくってる時の
『桜ちゃん』も、素っちゃ素なんだけど。

・・・っつーか、モロバラしてんじゃん


「桜っ、お前・・!」
「あぁ、高尾君。 ・・呼び捨て、なってる」
「・・・言って、よかったのかよ? あんなに人居たのに」
「一番穏便に済ませられると思ったのよ・・リスク大きいけど」


苦笑いしながら教室に入っていく。
後を追いながら、昨日見たばかりの彼女の素性

ただ昨日は。 ・・・先輩の持ってたバケツに入った水で、
髪の毛解いて眼鏡外した状態のを見た。

今日も今日とて望まない再会、なんだけど

何とも言えないまま、彼女の動作を見てると
急に鞄からタオルを取り出した


「顔、洗ってくる」
「あ、おう。」


桜が廊下に出た後、人だかりを聞きつけた先生が。
『燐火』の顔した桜と鉢合わせしたらしくて。


「なっ・・お前・・・燐火、!?」
「先生、私 紅咲です。 紅咲桜」
「えっ、な!? お前紅咲!?」
「髪くくるの面倒なのでこのまま授業受けます」


慌てる担任の声を聞きつつ、ほとんど人が居ない
ガラガラな教室の中で、くっくっと1人 笑いを堪えていた

丸で二重人格。

歌手だってこと、半年間騙せたのは・・
桜ちゃんの方のおかげなのかもな、なんて



(あー、もう俺 やっぱそっちの桜の方が好きだわ)
(・・それはどうも。 何でこっちの方が好きなの?)
(ギャップ・・もあるかもしんねぇけど。 何つーか、タイプ?)
(ばっ・・、何言って、!)

(いーじゃん、つーか好きなのに理由要らねーし・・)
(好・・・っ、 な、ど、どういう意味で言って・・っ)
(あ、もしかして桜の事務所、恋愛事はご法度?)
(違、ッ! えっ、な!?)





 

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