短編棚

2人だけのコンサート
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「そーいやさぁ、俺 中間休みに第2音楽室から
 ヴァイオリンの音聞いたんだよねー」


ヴァイオリン? と思ったのもつかの間、
桃井の食い付き様が凄かった。

椅子に座ったままぐっ、と乗り出した


「でしょ!? ほらぁ! 言った通りじゃない!」
「へーへー ったく、女子は何でそんな話が好きなんかねー」


さして興味のなさそうな青峰は購買で買ったパン食べてるし、

聞いているのか聞いていないのかすら
分からない黒子は持参の弁当を黙々と食べている

紫原はご飯の後だというのに、既にお菓子を食べ始めている。


「噂が始まったのが一昨年からだし、多分3年だと思うんだけど
 弾いてる人を見た人が少なすぎるんだよ!」
「で?」
「見に行こう! 皆で!」
「・・・皆で?」


箸を止めて顔を上げた。 それで、眉間に皺が寄る。
桃井は箸を弁当箱の上に置いたまま、右手で握り拳を作った


「目撃者は多い方がいいもの!」
「別に桃井さんのことは疑ってませんけど」
「テツ君・・・!!」


桃井の顔が輝く中(俺にはそう見えた)
ご馳走様です、と黒子は静かに手を揃えた。


「・・はぁ、で 本当に行くのか?」
「当然!!」
「あー、ミドチン 諦めモード入ったー」


もさもさとお菓子を頬張り食う紫原に、フンと短く鼻を鳴らした


「どうせ引き摺られるのがオチなのだよ。
 そんなことで体力を使うのならば、大人しく従うに限る」
「緑間・・・さつきの扱いに慣れてきてんな」



―――――



「うお・・」


第二音楽室に耳を傾けること数秒。
第一声は青峰の驚いたような声だった


「これこれー 俺が聞いたの、この音」
「音で同じ人が弾いてるとか分かるんですか?」
「うーん、音楽のことははよく分かんない。
 でも、同じ人が弾いてるってのは分かる 何となくだけど」


2回目聞いた紫原の感想は言ったままらしい。
小声で繰り返される声が、次は何故か自分に向けられた


「ミドリンは? どう思う?」
「緑間 お前、確かピアノ弾けたよな。」
「・・俺も弦楽器には疎いから、こうとは言えん。
 だがこれは・・・」


これは? と聞き直した黒子に返さず、
そのままその音を聞いていた。

桃井は少しして、すくっと立ち上がって
第二音楽室の扉に手をかけた


「(さつきの行動が突然すぎる)」
「(おい、あれは放っていていいのか?)」
「(あ、桃井さん入っていっちゃいました)」


ヴァイオリンの音は止まないまま、
桃井と誰か女性の声のやり取りが聞こえる。

動かない3人と、一瞬片手を握り締めた俺。

しゃがんでいた片足で床を蹴って2歩歩いて、
扉に手をかけ音楽室の中に入った。

窓際で俺らに背を向けたままヴァイオリンを弾く先輩と、
黒いグランドピアノを背に入ってきた俺を見つめる桃井


「今日は珍しいお客さんばかりね」


その先輩は、ヴァイオリンを弾いたまま 少しこちらに向いた
太陽がこっちを向いたままで、ちょうど逆光になり顔は見えなかった


「・・これは、G線上のアリアか?」
「当たり。 よく分かったね」
「先週の課題曲だったのだよ」


黒板の前にあるグランドピアノの椅子を弾いて、
白い鍵盤に指を添えた。

扉から3人がひょっこりと顔を出す

キリのいいところで鍵盤を叩く。
なめらかな曲が、第二音楽室に響いた。


「え、ミドリン よくも即興で合わせられるね・・」
「楽譜は頭に叩き込んだのだよ」
「や、そっちじゃなくてね」


鍵盤の上を滑らせる指を見ながら、俺は思った。
あのヴァイオリンの音色は、切なすぎる と。

多分合わせられたのは、母の音色に少し似ているのだと。

1曲弾き終えて、一瞬見た先輩の顔は少し微笑んでいた


「ピアノ弾いてた君、 名前は?」
「・・緑間真太郎」
「、覚えた。 私は紅咲桜」


紅咲先輩、 そう呟くのと同時に、拍手が部屋に。
誰が拍手しているのかと探していたら、黒子だった。

少しずつして、桃井と。
紫原と青峰と、続けて拍手が送られた

先輩と少し顔を見合わせて、少し目線を落とした


「紅咲先輩、」
「ん?」
「・・また、来ます」
「うん、 待ってるわ」


切なげに微笑まれた顔と一緒に、音楽室を出た。

もう少し聞いていていいですか?
という桃井の声が、後ろで聞こえた。

それからというもの。

中間休み、昼休みを主に俺は第二音楽室を訪れた。

部屋にはほとんどと言っていいほど先輩が居て、
大体俺の後ろを追いかけてくるのが桃井と黒子。

しばらくして黄瀬も引っ付いてくるようになった
赤司と青峰と紫原は、極稀に訪れる程度だったけど

そして、中3になった瞬間から。
この音楽室から先輩の姿は見えなくなった。

それでも俺は、弾き続けて。

多分、黒子がバスケ部に退部届けを出した辺りから
俺が第二音楽室を訪れる回数はガクンと落ちた。



―――――



「宮地サン、宮地サーン この学校って七不思議とかあるんすか?」
「は? 何寝ぼけたこと言ってんだ、刺すぞコラ」


隣で繰り出される会話。

シュート練に集中してるはずのに
全部聞こえるとは一体何事だと自身は思った。

声か。 2人の声が大きいのか。
もしくは耳か。 演奏者特有の耳がいいのか。

にしても秀徳で、七不思議や可笑しな噂は聞いたことがないが


「ちょっ、刺さないで聞いてくださいってー!」
「分かったからさっさと話せ」
「うーす。 えっと俺、今日先生に頼まれごとされて、
 中間休みに音楽室倉庫行ったんすね」
「おう」


音楽室倉庫? また意外なとこに呼ばれるな・・
楽譜の忘れ物か、点検か。 後者はまず違うな

カゴの中からボールを取り出して、フォームに入る


「で、その倉庫に向かう途中っすよ。
 どっかの音楽室からヴァイオリンの音が聞こえたんです」


ピタリ。

ジャンプするために曲げてた膝は、そのまま一瞬硬直して
構えてたボールは手から滑り落ちた。

ダンッ、と床を叩くボールの音を聞いて
フォームの体制をやめ、腕を下ろす。


「真ちゃん?」
「・・緑間?」


中間休み、音楽室、 ヴァイオリン。
3つのワードが、電流でも走ったかのように繋がった。

ぐるりと振り向き、高尾に詰め寄る


「は、え 真ちゃんどうし」
「いつ、どこで、何の音を聞いたと言った」
「え、中間休み どっかの音楽室で、
 ヴァイオリンの音聞い・・って、おい! 緑間!」


聞き終えないまま、呼び止める声も聞かず
更にぐるりと向きを変え体育館入り口へと走った。

バッシュと上靴を履き替えて、校舎へ。
階段駆け上がって、渡り廊下走って、ヴァイオリンの音。

第2音楽室。

ガラッと勢いよく開け放たれた扉にも動じず、
相変わらず背中を向けてヴァイオリンを弾く後姿。


「久しいお客さんね」


静かに肩で息をする中、一歩グランドピアノの方に歩んだ


「・・・お久しぶりです、先輩」
「久しぶり。」
「紅咲先輩は・・ここの高校だったんですか」
「そう。 秀徳が私の通う高校」


どうやら一曲弾き終えたらしくて、くるりと振り向いた。
夕焼けで、赤く染まる音楽室。

深く息を吸って、息を整えて 顔を上げた。


「久しぶりに、何か一曲弾きませんか」
「お誘いどうも。 G線上のアリアとかどう?」
「・・懐かしいですね」


帝光で初めて会った時に、初めて合わせた曲だ。

グランドピアノの椅子を引いて、座って。
すぅっ、と息を吸い込む。

鍵盤を滑る指は変わらない。
ヴァイオリンの音も、変わらない。

変わらないというには少し語弊があるが。

初対面で聞いた音が泣いていて、
中2まで弾いていた音が微笑んでると言うならば。

今回は、しゃくり上げて泣いていていたのを、

無理に笑おうとするような・・そんな、音色だった



(えっ、真ちゃんピアノ弾いてる!)
(おい・・・おいおいおい、何やってんだ 緑間ァ・・)

(廊下から人気がする)
(多分部活の先輩とクラスメートなのだよ)
(・・・前みたいに呼ばないの?)
(・・呼びましょうか。 先輩がそう望むのなら)





 

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