短編棚

呼び方攻防と葛藤
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本日の業務、無事に終了。

手の平を合わせて叩けば、ぱん、と乾いた音が室内に広がった。

冬も本番、冷え切ったロッカー室で自分のロッカーから
マフラーとコートを取り出し、そそくさと自分の身に纏った。 寒い。

鞄を肩に掛けてロッカー室を出ていけば、同僚から「あら」との声。


「紅咲さん、今日はもう上がり?」
「はい、帰りますね。 お疲れ様ですー」
「お疲れ様ー」


挨拶と会釈をして職場から出て行く。
職員専用出入り口から外に出ると、冷たい風がダイレクトに吹き付ける。

太陽はすっかり落ちて街頭が街中を照らす中、雪が降り出していた。
降ってたのか。 道理でこんなに寒いわけだ。

歩き出して数歩、近くのフェンスに凭れかかって
スマホをいじっている見慣れた男性の姿が見えた。

私が彼に気付くのと同時に、向こうも顔を上げる。
駆け寄ると彼はスマホをポケットに収めた。


「ん。 桜、お仕事お疲れ」
「高尾君。 ありがと、寒かったでしょ」
「めっちゃ寒い、やばい。 暖が欲しい」


彼もマフラーとコートを着込んで、大袈裟そうに肩を震わせる。
高尾君のその姿が可愛くて思わず笑ってしまう。


「私さっきまで室内に居たから手温かいよ」


手を差し出したら私の手に乗せようとした
高尾君の手・・がギリギリ触れずに止まった。


「ずっとスマホ触ってたからめっちゃ冷えてんだけどいい?」
「・・・っいいよ」
「ぶは、今一瞬考えたな」


えい、って掛け声と共にぴとっと触れた高尾君の手。
丸で氷を素手で触ったかのような冷たさに「ひえっ」と声があがる。


「うわーー桜めっちゃ温かい!」
「あっ、つっ、冷たい! 包まないで!」


差し出した右手が、高尾君の両手に包まれて
みるみるうちに体温を奪われていく。

手繋いだだけで真っ赤になるような初々しさはもうあまりないけれど、
仮にドキドキしてもこの冷たさで一気に持って行かれそう。

逆に考えればポケットに手を突っ込まず、スマホをしていたからと言えど
こんなに冷えるほど彼を待たせていたということだ。 面目ない。


「ね、高尾君。 今日は食べに行かない?」
「あっ、いいな。 食いたいのある?」
「うーん、食べに行きたい気持ちはあるんだけど
 食べたい物はぱっと思いつかなくて・・」

「ぶは、そっか。 そんなら俺の好みで決めていい?」
「いいよ」
「銀将行こ」
「よし来た」


私から難なく了承が得れて、
「よっしゃっ」と嬉しそうにガッツポーズする高尾君。

高尾君は左手だけで私の手を握りしめると、ポケットの中に手を突っ込んだ。

2年くらい前に買ったらしいコートは彼曰く、
2人分の手が入っても狭くなさそーな奴選んだと言われた。

そのおかげか、ポケットに引っかかることなく2人の手が収まる。


「行くか」
「うん」


なんだかんだ高校からの付き合いだけど、
些細な喧嘩こそあれど良好な関係が続いている。

高尾君は大学に行ったけど、私は秀徳を卒業してすぐ就職した。

社会人も3年目ともなれば慣れてくる。

私より早く学校が終わる高尾君は、
用事が無い日はこうして職場まで迎えに来てくれるのだ。


「ていうか、未だに俺不服なんですけど」
「え?」


歩道を歩きながら、ぽつりと呟いた高尾君に顔を上げる。
彼は口元を尖らせて、隣を歩いてる私をじっと見つめた。


「いつまで『高尾君』呼びなの」
「・・・癖って抜けないよね・・・」


訴えかけるような視線に思わず目を逸らす。

だって初対面が高校からだったもの、名字に君呼びがデフォルトじゃん・・

今まで何度か議題になった。 が、大体高尾君が折れた。
折れたとは言ってもその場の話だけで、こうして度々彼から訴えが起こる。


「えー、桜からの名前呼び捨て聞ーきーたーいー」
「無理、 今更、名前で呼び捨てとか」
「遅くないって! 遅くない! まだ余裕!
 ていうか! 俺ずっと桜呼びなのにフェアじゃない!!」

「元々アンフェアだよぉ・・・高尾君ばっか優しいし・・・」
「じゃぁそのお礼でいいから聞かせてよ」
「もぉぉあー言えばこう言うぅー」





(・・今日も、家まで送ってくれるの?)
(ん、勿論)
(・・・・言い逃げ、するから、今日はそれで勘弁して・・)
(えー、それは引き止めたくなるなー?)

(意地悪か・・高尾君のこと本気で好きだけどたまにきらいです・・)
(ぶは、ごめんって。 本気で好きとは言えるのに
 呼び捨てできないその基準はなんなんだよ)
(分かんない、心持ち)
(謎い。 俺も桜のこと本気で好きだよ)







大学2年生の高尾君と。
アンケから「会社帰りに迎えに来てくれる高尾君」 会社じゃない。





 

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