短編棚
□動揺だけでも嬉しかった
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<高尾君ってチョコレート何が好き?]
既読 [え、何??? ミルクとかビターとか?>
既読 [カカオ70%くらいまでなら普通に食う>
既読 [メーカーとかは詳しくねぇけど え、何???>
<そっか]
既読 [ちょっとまって聞いて?? 何事???>
<や、もうすぐバレンタインじゃん]
<その日高尾君ちの近くまで行くからポストにチョコ投函しようかと]
<近くのスーパーで買うから色気の欠片もない市販だけど]
既読 [近くまで来るからって元同級にチョコ恵むのやっさしwww>
<あ、でも高尾君モテるだろうしチョコじゃうるさいかな]
<煎餅とかにしとく?]
既読 [バレンタインに煎餅やっばwwwww>
既読 [もっと色気なくなってねぇ!?www 大丈夫!?www>
既読 [チョコでいいよ! つかチョコがいい! 嬉しい!>
既読 [今年は妹ちゃんからのチョコが無いの確定してっからorz>
<おっけー]
<妹ちゃんw]
既読 [でも1つ不満があるんだけど言っていい?>
<ん?]
<何言われるんだろ]
既読 [投函だけってお前そりゃねーだろ!!!>
既読 [近くまで来たから投函だけって!! ありえねぇだろ!!>
既読 [礼くらい言いたいわ呼べよ!!>
<でも一人暮らし大学生はバイトとかあるんじゃない?]
既読 [いつ来んの!?>
<昼過ぎくらい? 予定だけど]
既読 [夕方までバイトない!!>
既読 [いやマジ礼くらい言わせろよ!!!>
<お礼言われたくて放り込むわけじゃないんだけど]
<ん〜、じゃぁ考えとく(笑)]
既読 [っだーーー!!!>
既読 [マジで入れるだけ入れて帰りそうな予感>
<ふふ]
<今入れた]
既読 [ちょっと待って今から一歩も動かないで!!>
我ながら少々無茶振りにも程があるメッセージを飛ばすと、
スマホを握ったまま鍵だけ引っ掴み、ガチャガチャと扉の施錠をして、
慌ただしくマンションの一角から飛び出した。
ポストは1階に備え付けのものがあるからそこに入れたと予測できる。
彼女は部屋番号も知ってたはずだから容易だろう。
階段を駆け下りながら片手に握ったLINEの画面が表示されたスマホを見る。
既読は付いてる、んだよな。 返事ないけど。
大学やバイトの遅刻でもこんなにダッシュで駆け下りはしないだろう速度で、
ばたばたと階段を駆け抜けて、マンションからばっと飛び出して歩道に出る。
ある程度人通りのある歩道の一角。
マンションの建物に寄り掛かるようにしてスマホを片手に持ち、
目的の人物である彼女は慌てて下りてきた自分を見つめていた。
「こんにちは」
「・・い、いた・・・」
本気で帰るんじゃないかと心配して駆け下りてきた自分を、
紅咲は『知ってた』と言わんばかりの視線を向けている。
『帰るつもりだったけど帰るとは一言も言ってない』
一言も喋っていないのにそんな言葉が彼女から聞こえてきそうだ。
なんでか昔からこういうところはいつも敵わないんだよな。
彼女は無意識だろうに、自分の方が焦っている気がする。
一先ずは彼女が帰ってないことに安堵し、大きく息を吐き出した。
「はーっ、よかった・・・・マジで投函だけして帰りそうだったから・・」
「別に会ったって何があるわけでもないのに」
呆れたように笑う彼女は自分の恋心に気付いていない。
へへ、と短く笑ってはぐらかす。
お互い大学生で会う機会なんて滅多にないんだから、
走れば届く距離に居ると気づいた時くらいは彼女の時間が欲しい、と思う。
「えっと、この後暇?」
「まぁ。 後は帰るだけみたいな」
「だったらさ、もう少し話してたい、んだけど。 久しぶりだし」
「いいよ。 高尾君のお部屋?」
「うわ俺の部屋はダメ! 女子に見せられないくらい散らかってる!」
散らかってるのは本当だけどただでさえ好きな奴が目の前に居んのに、
自分の部屋で2人きりとかいろいろ耐えられる気がしない。
からかってたかのように彼女は小さく笑った。
話したいと言い出したのは自分だ。 提案するのもまぁ自分の役目だろう。
「あー・・近く散歩する? 俺のランニングコースとか」
「いいね。 上着取っておいでよ、待ってるから」
「すぐ取ってくる! ・・・・え、その間に帰んなよ・・?」
「疑り深いな」
笑った彼女は俺を見送るように手をひらひらと振り、
手にしていたスマホの画面へと視線を落とした。
・・・成程、確かに動かなさそう。
*
上着とマフラーを掴んで鍵を閉めて、先程よりもローペースではあるものの、
駆け足気味で階段を下りてきたらその場にまだ紅咲の姿はあった。
行こう、と声を掛けて俺の隣をゆっくりと歩き出す様子を盗み見る。
紅咲ここまで出て来るの珍しいんじゃね? とか、
他にもチョコあげたの? とか。
俺が質問を投げかける形でいろいろ会話していたらなんかいろいろ聞けた。
「他にもチョコあげたの?」
「昨日会った友達に渡したよ。 今日は高尾君だけ」
「2日連続バレンタインか。 明日もあったりして」
「どうだろう」
その友達は男? とは聞けなかったのは俺の意気地のなさだ。
「鈴山も近く住んでるけど渡した?」
「鈴山君あの辺なの?」
「あ、知らねぇの? 知らなかったの?」
「男子の家知ってんの高尾君くらいじゃないかな」
「・・うわ、俺レアリティ高いな」
「逆に低いんじゃない?」
「あ、あー、そうなるか」
男子の家を知ってるのが唯一って意味で、
紅咲の中で俺は貴重でレア度高いなって思ったんだけど。
明言するのもあれだな。
「・・・鈴山の家教えたらチョコ投函する?」
「んー、いや、いいかな。 特別仲良かったわけじゃないし」
「・・へぇ、俺は特別仲良かったんだ」
「話してて楽しいし、私にも連絡もくれるから」
・・・紅咲とかいう女は他意なくこういうこと言うんだよなぁ。
この発言もきっと無意識なのだろうなと思いつつ、
友人であれど「特別」の位置に俺が居たことが嬉しくて唇を噛み締める。
「紅咲」
「ん?」
「好きだよ」
「・・・ ・・・ん?」
彼女は理解できなかったように間が空く。
聞こえなかったフリではないように見える。 ・・・だから言う、
数年秘めていた想いを口にするのは流石に緊張が走る。
声が上擦りそうなのを、バレないように浅く息を吐き出して落ち着かせた。
「同級としても、友達としても好きだけど。 女として紅咲が好きだよ」
「・・・・あ、あー・・? ちょっと、待って・・」
口元を覆って目を泳がす姿は珍しいように思えた。
(・・紅咲、それは脈アリ? ただの動揺?)
(え、 わかんない・・・)
(んー、残念と見るべきか喜ぶべきか・・・あ、彼氏居ない? よね?)
(い、居ません・・・え、その・・・い、いつから、私を?)
(高校かな、2年生くらい)
(け、結構経ってる・・)
(ホワイトデーって予定空けれる? チョコのお礼するから返事聞かせて)
(・・・? あ、うん、分かった・・)
※
奮闘・葛藤してる男子好きですね。