短編棚風

□君は少々真面目すぎるね
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――なにかあればここに連絡してくれ

――・・・風間さんは、きっとこっちに来るよ



休日でも祝日でもない、平日2日間を休んでからの学校は酷く憂鬱だった。

まともに過ごせる精神状態でもないのにしっかり通学した自分に、
我ながら融通利かん奴だなと自嘲的に悪態を付く。

昼食時間込みの昼休み、風間は教室を抜け出して校舎近くにある、
レンガ積みになっている花壇の縁をベンチ代わりに腰を下ろした。

昼ご飯も食べずに校舎の外に出てきたものだから周囲に人気はない、
それ以前に冬も本番と言わんばかりの気候だった。

教室の喧騒は嫌いではないが今は静かなところに居たかった。

膝に肘を置きゆっくりと瞼を閉ざす。
真っ暗な視界、視覚を潰した分聴覚や思考にエネルギーが回る気がする。

ぼんやりしていた思考は改めて昨日一昨日のことを思い出し、
聴覚は少し離れた教室の喧騒を先程よりも拾っていた。

・・・不意に砂利を踏む靴音が耳に届いた。
足音はどんどん近づきやがて自分の前で止まる。

瞼を持ち上げれば女生徒の制服、スカートから伸びる細い脚。

もう少し視界を上に向ければ関節の位置が分かりやすい骨ばった指が、
それぞれココアの缶とコーンポタージュの缶を吊るしている。

更に視線を上げると見たことのない顔がそこにあった。

色素が抜けたような短い髪はボーイッシュと呼ばれるものなのだろうか、
制服と顔を見なければ男でも不思議に思わない短さだった。

・・・随分と冷めた瞳だ。
彼女に対してそんな印象を抱いたが今の風間の瞳も人のことは言えない。

無表情に見下ろす女生徒は手にしていた缶を小さく揺らす。


「選んで、片方」


差し出されたココアとコーンポタージュ。
学内の自販機のラインナップに両方あった気がする。

風間は幾度か瞬きを繰り返すと、ゆっくりとココアの缶を手に取った。

購入したばかりなのか缶はまだ熱く、
冷え切っていたらしい自身の指がじんわりと温かくなる。

手にしたココア缶に視線を落とすと、
女生徒は少し距離を置いて同じレンガ積みの花壇に腰を下ろした。

手元に残ったコーンポタージュの缶を開けると彼女はそれに口をつける。


「・・・放っておいてくれ」


缶を1つ受け取っておいて放っとけと言うのもどうかと思ったが、
その考えが脳裏に過ぎる前に口に出ていた。

ある程度コーンポタージュの缶を傾けた女生徒は、
風間に視線すら向けずに白い息を吐き出す。


「悪いけどそこまで薄情じゃなくて」


回答になっているかどうか怪しい返事を残すと、彼女は再度缶に口を付けた。

寒空の下、上階の閉め切った窓からは昼食に集中してるのか、
教室特有の喧騒が少し収まった気がする。

誰だこいつは、初対面のはずだ、なんのためにここに居る、
からかうようには見えないがお節介焼きか? ありがた迷惑だな。

言及こそしないものの女生徒への疑問点を脳内で一頻り挙げる。

挙げきると急に頭が冷静になって、先程までの感情が蘇ってきた。

酷く重い溜息が口から溢れた。
自分は何も知らない無垢な少年だったわけじゃない。

冬の風に冷やされてココアの入った缶から温度が抜けていく気がした。

とっくに缶の中身はなくなっているだろうに、
彼女は何を言うでもなく依然として隣に座ったままだ。

相変わらず顔がこちらに向いた気配はなくぼんやりとどこかを見上げている。

彼女がここに訪れてから沈黙と静寂が数分、この場を占めていた。
冷えつつあるココア缶を握り直した風間は少しだけ口を開いた。


「兄が、亡くなった」
「え」


数分ぶりの会話、急に話しだしたにも関わらず、
女生徒は発言の内容そのものに驚いた気配を見せる。

ようやく顔をこちらに向けた気がした。
たった1文字ながら驚愕の色を含んだ声。


「詳細は話せないが、形容するなら殺されたに近い」
「えっ、」


手にしてから冬の風を直に浴びて数分経ち、
缶の表面が随分と温くなったココア缶のプルタブに指を引っ掛ける。

かしゅ、と音を立てて開封されたココア缶に口をつけると一気に飲み干した。

・・・表面通り、ココアは流石に少々温くなっていた。
久々に摂った気がする水分は随分と甘く口内に広がる。


「・・・・参ってる、」


最後にそう告げた風間は重く瞼を伏せた。

――先日、兄が死んだとの一報が入った。

近界については兄の口から知識としては事足りるほど聞いていた、が
実際にそれを目にしたことはなく、作り話として流していたように思う。

だからボーダーの人が訪れ、その事実を突きつけていった時は
鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

兄の話は嘘ではなかったのだと。

兄の死を告げに来た者は目元を赤く腫らして謝罪を述べたのだ。
謝罪を、何度も。
責めるような言葉も気にかける言葉も出てこなかった。

・・・隣の女は重く「そう、」とだけ告げると目を伏せた。
ふと敷地内に届く予鈴の音に、2人は不意に顔を上げる。


「予鈴、」
「・・・サボったら?」
「は?」
「さっきよりマシだけど酷い顔してる。 集中できなさそう」


風間の怪訝な反応に彼女は臆せずそう答えた。
・・・そんなに酷い顔をしていたか? 思わず自分の頬を撫でる。

女生徒は空になった缶を手にし花壇から立ち上がった。


「私は授業に出るけど」
「・・・・」
「悪気はないよ」



■君は少々真面目すぎるね



(体調不良だって言って保健室で休むのがいいよ。
 この手のサボリ口上は普段真面目な人ほど効くから)
(・・・こんな堂々とサボリ方教える奴が居るか)
(残念ながらここに居るよ。 それじゃお大事に)

((・・・・お大事に?))





 
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