短編棚風

□お前は思ったより律儀だ
1ページ/1ページ






昼ご飯を終えて自販機に寄った後に、山吹が居るという隣のクラスに訪れた。

教室の中に目線をやり目的の人物を探してると、出入り口に立っていた風間に
このクラスと思しき男子生徒が「あれ?」と声を掛けた。


「誰か呼ぶ?」
「・・・顔と名前が一致していない人を探してる」
「おう?」
「山吹静香はどいつだ?」


風間の前置きがあったからか男子生徒はすぐに呼びには行かず、
男子生徒は「えーっとねー」って呟いた後に教室の奥を差した。


「窓際の席の真ん中くらいに座ってる人。 今女子と話してる」


男子生徒の指した方向に視線を向ければ、
確かに教室の奥にクラスメイトだろう女と話す色素の薄い髪を見た。

顔は見えずに視認できたのは後頭部のみだが、
少しばかり目立つその色は本人を特定するには充分だった。


「本人のようだ、呼んでくれ」
「はいよ」


男子生徒はみるみるうちに教室の奥に滑り込み、山吹の机に駆け寄った。
会話を中断し疑問の表情を浮かべた2人に男子生徒は入口を指す。

入口の前に立つ風間の顔を見ると、山吹は思い当たりがあった表情を浮かべ、
クラスメイトに一声掛けると席から立ち上がった。

風間に近寄る山吹静香。
彼の予想通り背はほとんど変わらないようで目線が一緒だった。

随分と冷めた瞳のように思ったが、あれは勘違いだったのだろうか。
ただどこか達観したような、諦観してるような雰囲気を感じる。

声が届くほどの距離になり、最初の声を掛けたのは風間だった。


「先日はどうも」
「どうも」
「どっちがいい」


手にしていた缶を2つ並べて見せると山吹は幾度か瞬きを繰り返した。

差し出されたのはコーンポタージュとココア。
見覚えのあるそれは先日風間に差し出したのと全く同じ選択肢だ。

彼女は少しだけ口元を緩める。


「・・私はどっちも好きだから貴方が欲しい方を取っていいよ」
「訊いているのは俺だ」


山吹は口を閉ざししばらくの間悩むとコーンポタージュの方を手に取った。
初対面時、手に取ったココアが風間の手元に残る。

・・・購入から少し時間が経ってしまったせいか、
缶の熱さがなくなっている気がする。


「・・・教室の出入り口だし少し離れようか」
「あぁ」








それぞれ缶を片手に人気の少ない、屋上に通じる階段で足を止めた。
階段を数段上った場所に腰を下ろした山吹、風間も倣うように同じ段に座る。


「よくクラス分かったね」
「女子は他人にも詳しい」
「成程」

「風間蒼也だ」
「山吹静香です」


シンプルに淡々とお互い名乗り、
風間が自販機で購入した缶をそれぞれ開ける。

山吹がコーンポタージュを飲む傍ら、
ココアの缶を一口飲んだ風間は不意に眉を寄せた。


「・・・温い」
「温いなぁ」


自販機で缶を購入してから自分のクラスまで距離があった。
山吹を探して呼び出してからここに到着するまでにも時間があった。

直に風に当たったわけではないが冬だ、学校の廊下も空気が冷たい。
冷えたコーンポタージュの缶を傾けた山吹はくつくつと笑いを零していた。


「この間も飲むの遅かったよね」
「まぁ温くなってたな」
「すぐ飲まないからだよ」


からかうような山吹の声に風間は反応を見せずに缶の残りを飲み干す。

下の階からは教室からの喧騒が少しだけ聞こえてくる。

この場所は先日の花壇周辺ほど静かではないが、
今はそれでも平気なほどに喧騒を大人しく受け入れることができた。

山吹も手にしていた缶の中身を飲みきったようで、階段の一角に缶を置く。


「そういえば風間さん?」
「なんだ?」

「今更だけど同学年?」
「お前が留年していなければそうなる」
「へぇ」


否定はなかったから同い年と見て良さそうだが、冗談めかしたような、
文脈にしては少々謎な相槌を残されて風間は怪訝そうに眉を寄せる。


「・・なんだその反応は」
「これから伸びるんだろうなぁと思って」


山吹の発言に主語が入っていないが、
それが身長を指しているだろうことはなんとなく想像が付いた。

高校生男子1年の平均身長、168cm。
対して風間はそれよりも10cm低い。

言及にはある程度慣れていた彼は少しだけ息を吐き出した。


「期待を裏切るようだが中学で止まった」
「えぇ・・・!?」


大声ではないものの本気で驚いた様子の山吹に思わず瞬きを繰り返す。
・・・珍しい声、声? いや、まだ対面2回目なのに珍しいは語弊か。

どうにせよ意外に思った声は彼女の素だった気がした。


「・・・初めて素の声を聞いた気がするな」
「え、身長は、もう断定するほどなの?」
「ここまではすくすくと伸びたんだが」


しれっと語った風間に、山吹は口を開いて驚いた表情を浮かべている。
やがて山吹はしばらく考え込むように目線を、階段の下段に向けた。


「・・・私普段からそんな演技掛かってる?」


ようやく口を開いて身長の言及かと思いきや、少し前の返答だった。
初めて素の声を聞いた気がする。

身長事情に本気で驚いた山吹に対しての風間の素直な感想だ。


「嘘ではないだろうが、探っている雰囲気は感じる」
「そう」


把握とも納得とも受け取れない、彼女はただ淡々と2文字相槌を返した。

響いた予鈴に2人は顔を上げると、どちらともなく階段から立ち上がる。
山吹は空になったコーンポタージュの缶を手に取り、風間に視線を投げた。


「ご馳走様」



■お前は思ったより律儀だ



(・・・先日の、)
(ん?)
(お大事にとはどういう意図なんだ)
(貴方の精神状態へ向けた言葉だったよ)

(・・・)
(結局サボった?)
(・・・サボった)
(良かった)





 
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ