短編棚風

□君は決して悪くなかった
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クラスが違うため深く話し込むことは滅多になかったが、
顔と名前を知る同学年の人というだけで、
すれ違えば挨拶程度に声を交わす関係になるのは自然な運びだった。

『おはよう』
『これから移動教室』

『昼飯食った後で眠い』
『またな』

とりとめのない短い会話、それらのやり取りは日常の一部になった。

高校1年の終業式の日に「また始業式後に」と挨拶をして突入した春休み。

学外で会うことはないだろうと踏んでそのやり取りをしたにも関わらず、
風間が次に静香の姿を見たのは春休みも中頃のことだった。

昼下がりに寄ったショッピングモールの書店。
文庫本の棚の前でじっと背表紙のタイトルを読んでいるらしい静香の姿。

学内でしか会ったことがないため当然と言えば当然なのだが、
モノトーンでシンプルな静香の私服姿は初めて見るように思う。

話しかける理由は特になかったが通りすがる理由も特にない。
物珍しさに惹かれて風間は静香に近付いては「山吹」と声を掛けた。

名を呼ばれて棚から顔を上げた静香は、
風間の姿を認識すると少しばかり驚いた表情を浮かべた。


「わ、風間さん」
「学外じゃ初めて会うな」
「ほんとね。 一瞬誰かと思った」


笑った様子の静香を横目に、風間は棚に視線を向けた。
並べられた文庫本の背表紙はタイトルの文字だけがシンプルに刻まれている。


「何か探しているのか」
「タイトルに惹かれた面白そうな奴探してる」
「成程」


だからただひたすら背表紙のタイトルを目で追っているのか。

背表紙だけで吟味するその様子は少しばかり珍しかった。
図書室で会っていたらこうして選び悩む彼女の姿を見れたのかもしれないが。

棚を端から端まで見終えたのか、静香は一歩進んで次の棚へと足を止める。

動作に釣られて静香に視線を向けた時、
彼女の頭に桃色の花弁が引っかかっているのが見えた。

縦横1センチほどの花弁を桜と特定するのはそう難しくなかった。
入学式の時期に桜が合えばさぞ映えただろうに、今年の桜は妙に早かった。

ほとんどの桜はもうすぐ数日も待てば満開を迎えるし、
早咲きの桜は既に散り始めている頃だ。

だからきっと散った桜が髪に引っかかったのだろう。

じっと静香の頭に付いている桜を見ていると、
その風間の様子が気にかかったのか静香が本棚から視線を外した。

不思議そうに静香が風間を捉える。


「何?」
「いや」


正面から静香を見ると角度が変わって桜の位置が見づらくなった。

彼女の髪は短いから軽く叩けば取れるだろう。
不意に風間が腕を持ち上げて静香の頭に指を伸ばす。

その瞬間だった。
ばっと1歩後退して距離を取った静香の瞳に怯えの色が浮かんだのは。

風間の伸ばしかけた腕がぴたりと止まる。

表情が変わらないまま瞬きを繰り返す風間に、
驚愕と恐怖を足して2で割ったような様子の静香。


「・・・あ、」
「悪い、驚かせたか?」
「ごめん、なんか付いてた?」
「桜」


この辺り、と自分の頭を指した風間を見、
申し訳なさそうな表情を浮かべた静香は視線を落として髪叩いた。

静香の手は花弁に近いところを触ってはいるが、
妙に絡んでしまっているのか思ったよりも落ちない。


「取れた?」
「まだ」
「どこ・・」

「・・俺が取るか?」
「・・・あー、うん」


少し考えたような間を空けてからの了承の言葉に、
改めて風間が桜の花弁を取ろうと静香の髪に手を伸ばす。

近付く手に静香は一瞬だけ肩を震わせて目を瞑った。

桜を指先で摘む。 指先に掛かった髪は自分の髪より柔らかい気がした。
風間の手が離れる気配がし、静香の目がようやくゆっくりと開かれる。

摘まれた桜の花弁を静香が認識すると同時に、花弁は風間の手の中に収まる。


「ん、取れたぞ」
「・・ありがと、」


書店の床に桜を落とすのもどうなんだ。

わりと真剣に手の中の花弁の行き場に悩む風間の傍ら、
静香はどこか晴れない表情を浮かべており、ゆっくりと瞼を伏せた。


「・・ごめん、」



■君は決して悪くなかった



(謝る理由が分からん)
(個人的に、)
(理由のない謝罪ほど要らんものはない)
(・・・風間さんらしいなぁ)
(・・・・)

((謝るべきは俺の方だったんだと思う))





 
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