短編棚風

□お前は何か隠したがった
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あ、明日の朝ご飯買い忘れたわ。

夕飯を終えた後に不意に呟かれた母親の呟きに
「買いに行こうか」と自ら申し出たのは夜の8時頃だった。

余った分のお金は好きなの買っていいからと代金を受け取り、
ついでに少し足を伸ばして遠回りしてスーパーまで向かう。

夜間ともなると人が居らず静かなもので、
明かりにしては少々心もとない街頭が足元を照らしていた。

家族分のパンと紙パックの飲み物を2つほど購入し、
スーパーの袋を手首に掛けて、今度は迂回せずに自宅への道を歩んだ。

行きは遠回りしたため通らなかった公園の前。
不意に視線を向ければブランコに人の姿があった。

風間は足を止めた。
・・・妙に見覚えのあるシルエット。

俯いた女子の顔は判別できないが、
街頭に照らされた髪型や髪色は見覚えのあるものだった。

予想した人物ならそれでいい、別人なら夜間に女子1人で出歩くなと注意。
・・・いや、予想した人物であっても夜間に女1人は良くないな。

帰路に付いていたはずの足を方向転換し、公園へと立ち入る。
随分と見覚えのある制服は自分が通う高校のものだ。

ブランコに近づく風間の手首に掛かったスーパーの袋ががさりと音を立てる。

物音と足音、近づいた人の気配に女子は顔をゆっくりと上げた。
彼女の瞳が驚いたように見開かれる。

・・・・やはり山吹じゃないか。


「珍しいところで会うな」
「・・・風間さん、」


元々彼女は明るいとは言い切れない落ち着いた人物だったが、
それにしても静香の顔は晴れない、暗い表情をしていた。

風間を認識した後、彼女はそのまま顔を落とす。
また表情が見えなくなる。

1つ溜息を吐き出した風間は、空いている左隣のブランコに腰を下ろした。

ブランコに腰掛けるのなんて何年ぶりなことか。
あまり背丈は伸びなかったが昔よりも窮屈に感じた。


「・・・なんだかあんまり違和感ないね」


静香はブランコに座る風間を横目に見、覇気のない声で呟いた。
その言葉に風間は何も答えず、足元の砂利に視線を落とす。

互いの顔を視認した時点で異変には充分気が付いた。
妙に乱れた制服の襟元と、裸足のまま中途半端に履いている靴。

『何か』までは察せずとも、何かがあったと勘付くのはそう難しくない。


「・・・」
「・・・」


夜間の公園は酷く静かだった。 ただでさえ夜で人通りは少ない。
日中には散々遊び倒すだろう子供達の姿も今はない。

互いの呼吸、夜風とそれに揺らされたビニール袋の音。


「・・・何も聞かないね」


沈黙を破るのは呟くような静香の声だった。
風間は彼女に一瞬視線をやった後に目を伏せる。


「お前が、」
「?」
「何も聞かなかったから」


文脈としては少々的外れな発言な気もするが、
静香はそれだけで彼が言いたいことを理解した。

再現。 彼の発言は自分と風間の出会いを指したのだと想像が付いた。

思えば、今の状況は彼との初対面とは真逆なのだ。
風間が落ち込んで暗い表情をしていた時、彼女は何も聞かずに傍に座った。

・・・あの時の彼も、こんな気持ちだったのだろうか。


「紙パックのコーヒー牛乳ならあるが飲むか」
「・・・飲む、」


了承の声に脚の上にレジ袋を置いた風間はビニールの中をがさごさと漁り、
静香に告げた通り、コーヒー牛乳の紙パックを手渡した。

受け取った紙パックを一度スカートの上に置き、
右手で紙パックを抑え、左手で張り付いたストローを剥がす。

ストローをさし、紙パックを左手に持ったままストローを咥える静香の、
その動作が不自然だと感じつつもそれを口にはしない。
・・・彼女は右利きだった。

少しだけ飲んですぐストローから口を離すと、静香の視線は風間へと。


「風間さんいつ帰るの」
「お前はどうなんだ」
「・・さぁ、分かんない」
「なら俺も分からん」

「・・・深夜くらい」
「充分夜遅いが」
「そうだね、 でも帰りたくないから」


ぽつりと零された本音らしい声に風間は眉を上げた。

・・・気取られたくないのか、出会った頃からどこか探るような声色だった。
そんな彼女が極稀に素なんだろうなという声を出す。 ・・・本心、


「いつからここに居るんだ」
「時間見てないなぁ」
「・・・同じ場所に居続けるのは気が滅入らないか?」
「滅入るなぁ・・風間さん来るまで景色変わんなかったもの」

「散歩でもするか」
「あ、」
「?」
「・・・」
「なんだ?」


短い会話の応酬。 不意に口を閉ざした静香に視線を投げかける。


「あんまり動きたくないや」
「・・そうか」


彼女はそう言って短く笑った。



■お前は何か隠したがった



(・・・)
(・・・風間さん、何か話して)
(急に無茶を言うなお前は・・・)
(話題なんでもいいや、人の話が聞きたい)

(・・・・)
(あの、 黙らないでほしいんだけど・・)
(話す内容考えているから待て)
(そこまで真剣じゃなくていいよ、くだんないことでいいから。
 だからそんな真剣な表情で話題探さないでってば)





 
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