短編棚風

□お前は少し混乱していた
1ページ/1ページ






他人には言わせておけばいいと思うが、それでも悪意は恐ろしいと思う。

晴れやかな日曜日の午後、三門を突如と襲った圧倒的なそれは。
悪意と呼ぶにはあまりにも非日常で、脅威と呼ぶには不自然すぎた。

・・・高校2年の夏に差し掛かる時期のことだった。

東三門に突如現れた、ボーダーと名乗る団体が、死者重傷者多数、
全壊した住居の映像を映し出すニュースを小耳に風間は病院へと駆け込んだ。

待合室に溢れかえった怪我人を横目に、彼は大股で受付に駆け寄った。


「山吹静香さんが運ばれたと聞きました、面会は可能ですか」


普段冷静沈着で滅多なことでは動揺しないだろう彼は、
初対面の者が見ても焦りを感じさせた。

早口で受付に問いかける風間に、
受付は「山吹静香さんですね」と復唱し患者データを調べる。

報道するニュースを見ていた最中、それほど仲が良いわけでもない
女の同級生から連絡が来た時は嫌な予感がした。

彼女が東三門に住んでいることを知っていた、気が気じゃなかった。
山吹は。 今ニュースで流されている全壊した建物の地域に住んでいたのだ。

モロに被害に遭ったはずだ。 昏睡状態だと聞いた。

調べているはずの時間を妙に長く感じて焦りが募る。
この程度の多少の待ち時間など普段なら気にも留めないはずなのに。

ようやく口を開いた受付は「面会可能です」と部屋番号を風間に伝えると、
彼は短く会釈して早足で病室へと歩き進んだ。

・・・彼女と出会ったのは、兄が亡くなった直後のことだった。

風間はボーダーに在籍していたわけではないが、
兄の死亡にも近界が絡んでいることは知っていた。

今回三門を襲ったのも近界からの悪意だと気付くのに時間は掛からなかった。
親友と呼べるほど親しい間柄でもないが、話しやすい貴重な友人だった。

これ以上、近しい人を連れていかないでほしい。

静香の病室はこの先の通路を曲がった先の左手の壁。

部屋番号と病室の位置を忘れないように脳内で繰り返すうち、
通路の角から医者と看護婦が出てきて風間とすれ違う。


「流石に寒気がしましたね」
「山吹さんのこと?」


不意に始まった会話、知った名に思わず急いでいた足を止めた。







・・・うすぐらい、

ぼんやりと浮上した意識だが瞼が持ち上がるのには時間が掛かった。

聴覚は電子音を定期的に拾い、それが自分の脈と同期していると気付く。
瞼はまだ重かった。 意識が混濁としている。

最後の記憶、 動揺と悲鳴。
・・・崩壊、 あ、これ家の屋根か。

自分の呼吸を自覚し始めた頃、自分以外の呼吸をもう1つ、耳が拾った。

・・・ふ、と瞼を持ち上げると見慣れない白い天井が視界に映った。

少しだけ固いベッドにふかふかの枕、視線を別の呼吸の元へ向けると
随分と見慣れた人が近くの椅子に座っているようだった。


「目覚めたのか」
「・・・かざま、さん なんで・・・?」


思ったより弱々しくからっからな声が出たことに静香は内心驚いた。
風間は表情を変えないまま静香を一瞥すると赤い瞳を細める。


「・・・お前サイドエフェクト持ちだったんだな」
「さいどえふぇくと・・・?」


耳慣れない単語を復唱するがやはり声が上手く出ない。

サイドエフェクト、 ・・・副作用? 副作用持ちってなんだ・・
静香の疑問に答えない風間を横目に思考を巡らせる。

あまりに静香の喉が渇いているのに見かねたらしい風間は、
鞄に入れていたらしい未開封のペットボトルのお茶を差し出す。

静香は上半身を少しだけ起こそうとした。


「ごめん、キャップあけて。 たぶん力はいんない」
「あぁ、すまない」


謝らなくても。 風間は差し出したペットボトルを自分の手元に戻すと、
慣れた手付きで難なくボトルキャップを外した。


「もう身体起こしていいのか?」
「ちょっと痛むけど、へいき」


左腕に刺さった点滴を一瞥してから、ペットボトルを受け取る。
久しぶりな気がする飲料を喉に流し込む。


「ぬっる・・・」
「悪い」


風間からの短い謝罪と面白そうに薄く混じった笑み。

あまりの温さに眉を寄せたものの喉の渇きの方が酷かった。
がぶがぶと飲んで半分ほどになったペットボトルを膝上に一旦置く。


「・・・サイドエフェクトって?」


中断された話題を引っ張り戻すと風間はぴくりと反応を見せた。
風間はベッドに半分身体を埋めたままの静香に視線を向ける。


「怪我の類の治りが異常に速い、記憶に無いか?」
「あるよ」
「やはりな」


納得したように息を吐き出す風間は赤い瞳を伏せた。
数秒の合間、少し考えるような表情を浮かべた彼は静香へ視線を投げた。


「・・・お前、ボーダー入らないか」
「いや質問に答え・・・は?」


不意に降り掛かった話に頭が追いつかない。 ボーダーって何の話だ。
そもそもまだサイドエフェクトとやらの解説を受けていないんだけど。

疑問符ばかり浮かべる静香に、風間は「多分強くなる」と告げた。



■お前は少し混乱していた



(風間さん、そろそろサイドエフェクトの解説を受けたい)
(強化五感、超感覚、もしくは特殊体質。 サイドエフェクトはその総称だ)
(・・・・へぇ、? じゃぁ、私は 何、怪我が治りやすい体質って話?)
(そうなる。 ボーダーの件は・・どこから話すか)

(・・・三門どうなった?)
(東三門は壊滅。 死者、行方不明者各500人が確認されてる)
(・・酷いな、 ・・・ 今何曜日?)
(月曜。 侵攻は落ち着きつつある)





 
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ