短編棚風

□お前は興味持った様子で
1ページ/1ページ






「もしもし、 ・・・うん、元気。 私は大丈夫」


スマホを耳に当てて不定期に聞く電話口の女の人の声。
病院の入り口の前で電話していた彼女は快晴の空を見上げていた。

大規模侵攻から数日が経った昼のことであった。

片腕に紙袋を抱えながら足を止めていた彼女は、
息を小さく吐き出して「あのね」と続けた。


「お父さん、亡くなったよ」







「貧血が酷いですが怪我はもうなんともない、ですね。
 えぇ、本当に・・・驚くほどの回復力でして・・・」


担当医は心底不思議そうにそう呟いては最後に首を傾げた。

昔から怪我が治りやすい体質であった。
それに名が付けられたのは見舞いに来ていた同級生の口からだった。

サイドエフェクトという大層な名が付いたそれを医者に言えるわけもなく、
私の口からは「そうですね」としか回答できなかった。

入院時のあれやこれや手続きなどを済ませ、病院を出て一報を入れる。

数分の会話を終え、改めて足を動かして病院の敷地外に出ると、
見覚えのある人物が出迎えた。

・・・そういえば来ると言っていた。


「もう身体はいいのか」
「貧血の薬出されただけ」


静香が入院していた数日の間、律儀に毎日顔を出していた風間。

それまで連絡先もろくに知らないただの同学年の友人であったはずだが、
入院中、話の流れで連絡先を交換した。

今日退院というのは伝えたが、それでも様子見に行くと連絡があった。
風間は静香の手に掛かっていた荷物を取ると「どこに行く」と短く聞く。


「薬局・・・あの、風間さん」
「なんだ」
「私怪我完治してる」

「黙って荷物持ちにさせておけ」
「えー・・・」
「・・・帰るとこはどうする。 アテはあるのか?」
「それは相談、かな」


・・・何と? 風間は疑問を抱きはしたが特に口にすることはなく、
病院から1番近い薬局へ向けて足を進めた。

静香の家は知らないが、門出現周辺にあった彼女の家は全壊したはず。
そもそも静香が大怪我したのは崩れた家の下敷きになったからだ。

思えば幾度か見舞いに行ったわりに彼女の家族とはすれ違いもしなかった。

いつかの夜には家に帰りたくないとぼやいた彼女とも接触している。
家族のことを聞くのは無粋かと黙っていたが。

薬局への道すがら、一歩後ろを歩く静香が溜息のように1つ息を吐き出した。


「・・・不謹慎ながら、今回の事件には感謝しちゃった」
「・・・・?」


風間は眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔で静香を見た。

感謝、とは。
1000人以上の死者と数百人もの行方不明者を出した侵攻のどこに。

それに風間は近界関連で兄が死んでいた。
この侵攻では友人であった静香も大きな被害に遭った。

心底意味が分からないといった表情を見せる風間に、
静香は困ったように眉を寄せて笑う。


「公園で会ったこと覚えてる?」
「あぁ」
「あの日は父の暴力から逃げてきてたの」


風間は足を止めた。 静香も釣られて足を止める。

歩道を歩きながらさらっと口にされた重大な事実に風間が顔を顰める。
・・それを口にした彼女は無表情だった。


「でもたかが人の手による暴力なんかさ、一夜もすれば治っちゃうから」
「・・・・」
「病院に駆け込んでも肝心の証拠になる怪我がない。
 言っても信じてもらえない。 だから黙ってた」


足を止めた風間を通り過ぎ、薬局への道を歩み始める静香。
今度は風間が彼女の1歩後ろを歩く形になった。


「お父さんが死んだの」


侵攻による感謝というのは。


「・・・救われたって、思った」


どこの誰にも吐けなかった家庭内暴力からの救済。

亡くしたものを嘆く者が多数居る中で、人の死に救われた者が居る。

酷い呪縛から逃れた彼女に、一概に不謹慎だとは言えない。
・・・自分の知る世界はまだ狭いな、と恥じる。

一般論でどうにかできないものも存在する。

口を閉ざしたままの風間に、顔色を伺うように静香が覗き見た。
少しだけ不安げな表情は気の所為ではないように思う。


「・・幻滅した?」
「・・・いや、」


どうにせよ人の死が絡む手前、祝福するような言葉は出てこなかった。
だからと言って人の死で呪縛から逃れた彼女に幻滅をすることもなかった。

若干の沈黙が重いものの短い否定をした風間に静香は少し表情を和らげる。


「心配してくれてありがとう。 初めてだった」
「・・・礼を言われるほどのことはしていない」


侵攻で救われた人。 人が死んだことによる救済。
脳内に文字として並べると酷く異質に見える。

辿り着いた薬局、静香は風間が奪った紙袋の中から
処方箋を取り出すと薬局勤務の者に渡しに行った。

・・・その後姿は数日前の侵攻で大怪我していた者のようには見えない。
待合室のソファに風間が腰掛けると静香もその隣に腰を下ろす。


「ボーダーだっけ」
「あぁ」
「もう少し詳しく聞かせて」


淡々と告げる彼女に思わず視線を向けた。


「・・・場所を変えてから話す」
「分かった」



■お前は興味持った様子で



(不意に思ったんだが)
(んー?)
(父親の件から生じた、癖とか嫌なこともあるのか)
(あるねぇ。 風間さん薄々気付いてそうだけど)

(予測した範囲なら恐らく接触と信用)
(大部分じゃん)
(流石に違和感があったからな)
(でもまぁ、風間さんは・・大丈夫な、気がしてる、)





 
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ