短編棚風

□彼は随分と大人びていた
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侵攻が終わった後の三門は、少し寂しくなったように感じた。

平日の昼間、三門市内全ての学校を1週間休校するとの市から発表があった。

住みやすい街ではあるが観光地と呼べるほどのスポットもない三門が、
侵攻の件でニュースは連日三門の名を挙げている。

未だ騒然と混乱極まる空気の中、風間は静香を連れ出していた。

彼女の退院日以降会うことはなく少々心配もしたが、
待ち合わせ場所に訪れた静香は概ね元気そう、に見えた。


「ボーダー本部ってどこにあるの?」
「玉狛」
「あまり歩いたことないな・・」
「俺もだ」


風間が先導する形で静香は彼の後を追う。
今日は入院時、退院直後に聞いていたボーダー本部に案内という話だった。

自身を蝕む元凶が失くなるまでは、将来のことは何も考えていなかった。
今後が上手く定まらないから街を守る名目で社会勉強の1つにしたい。

近界やボーダーに知識がある風間と知り合えたのも縁かもしれないし。

ボーダーに興味を持った理由をそう語る静香に、風間はそうかと短く返した。

住宅街を抜けて踏切を渡り、更にしばらく歩くと川が視界に映る。
もうほとんど通らない道に入り、静香は周囲を物珍しそうに眺めている。

川沿いをしばらく歩き進むと、
川の中央に周囲とは雰囲気の異なった建物があった。


「着いた」
「・・・」


更に物珍しそうに瞬きを繰り返す静香を一目見てから、
風間はボーダー本部の入口付近にあるインターホンを鳴らす。


「ボーダーってこんなとこにあるんだ、」
「信じられんだろ」

「”はい、どちらさま?”」
「俺だ、風間」
「”はいはい、すぐ出るね”」


インターホン越しのやけに若い男の声はそれっきり途絶える。

・・・初めて訪れる空間は少々緊張しないでもない。
静香は頬を掻きながら川に視線を落とすと、1分としないうちに扉が開いた。


「こんにちは風間さん。 ・・・と?」
「林藤さんにとりあえず連れてこいと言われたんだが」
「初耳。 相変わらず連絡雑だなぁ、あの人」


静香の姿を見て不思議そうな表情をした人物は年下のようにも見えた。
よく見える額と首に掛かったゴーグル、明るい茶色の髪。

風間とは知り合いらしく、苦笑い浮かべた少年は扉を大きく開けた。


「一先ずはようこそ、おニ人さん。 入って」


入るように促していたらしい大きく開けられた扉、
少年の脇を何の躊躇いもなくするりと建物の中に入っていく風間の後ろ姿。

扉を開けたまま待ってくれている少年に会釈してから中に入る。

風間はある程度建物内を把握しているようで、
案内されてもいないのに先頭を歩く。


「・・・風間さんズカズカ歩いてるけどいいんですか、あれ」
「あの人何度かここ訪れてて勝手知ってるから」


へらっと笑った少年は、風間の後を追うように歩いていった。
・・・付いていけばいい、のか。

少年の後を追って静香もボーダー本部を中を歩き始める。
風間は後ろの2人の姿を視認してからある扉を開けて室内に入った。

その部屋に立ち入って真っ先に視界に映ったのは、
テーブルを囲うように複数の椅子が並んでいるダイニングのようだ。

テレビもあり雑談に最適そうなのんびりした部屋で、
奥の方に視線を向ければキッチンもあるらしい。

・・・キッチンで食器やらをがさごそと漁っている風間の頭部が見える。


「お前らお茶でいいか?」
「あ、うん」
「いや一応お客さんなのに何してんの、風間さん」
「いいから挨拶しておけ。 本部内のことは一切喋っていないんだ」


冷蔵庫の中を開け出す風間に静香とまだ名も知らぬ少年は瞬きを繰り返す。
そして改めて静香は少年に視線を向けた。

ニュースは退院後に流れていたものを見た。
ボーダーを名乗る団体が次々に巨大兵を薙ぎ倒したのだと。

事態を収束させた記者会見ではほとんどが大人の人だったように思うが、
ボーダーに救われた人の話によると子供も数えるくらいは居たらしい。

じゃぁこの子はその内の1人か。

静香の視線に気付いたらしい少年はニコリと笑みを浮かべた。


「初めまして。 おれは迅悠一」
「山吹静香です」

「山吹さん。 ・・・風間さんと同い年?」
「そうだよ。 迅君は?」
「おれ中3」
「中学生・・・」


衝撃の発言に思わず絶句する。

トリオン体とやらの話も風間から聞いてはいるが実際には見ていないし、
それはそれとして中学生が巨大兵と戦っているという事実が衝撃すぎる。

キッチンをがさごそとしていた風間は、
おぼんの上にお茶が入ったコップを3つ乗せ、静香と迅に差し出した。


「風間さんありがとう」
「ありがと」
「ん。 迅は山吹を除けば俺が唯一知るサイドエフェクト持ちだぞ」


風間の発言にコップに一口も付けないまま、思わず迅を見やる。
本当に居るんだ、私以外のサイドエフェクト持ち。

迅も珍しく思ったのか静香を見て瞬きを繰り返した。


「迅君はどんな能力? なの?」
「予知って言ったら分かりやすいかな。 未来が視えるんだ」
「え、凄い」


サイドエフェクトを能力と形容していいのか迷ったものの、
迅からの返答は本当に能力と読んで遜色のないものだ。

1人ごくごくとお茶を飲み干す風間の傍ら、迅はまたへらりと笑った。


「とはいっても目の前に居る人間の少し先の未来だけどね」
「私も何か視えてるの?」
「そうだな・・・孤月を片手で扱ってるのが視えるよ」
「こげつ?」

「かなりサマになってる」
「風間さん、コゲツって何?」
「武器の名前だったはずだが」


質問を投げる先を風間に変えると、その間に迅はごくりとお茶を喉に通す。

武器にも名称があるのか。
知らない世界を覗き込むのは少し勇気が要る。


「山吹さんもサイドエフェクト持ち?」
「怪我が速く治る・・・?」
「へぇ、特殊体質か」
「打撲や切り傷程度なら一夜で完治します」

「日曜日に昏睡状態に陥ったが翌日起き上がった女だ」
「えっちょっと待ってそれ今週の話?」
「今週の話。 その際に骨折もしたが数日程度で完治させている」
「待って待って聞いたことないんだけど」


迅の慌てっぷりに静香は瞬きを繰り返す。

未来予知の方が能力としては余程だろうと思うけど、
誰かの普通が誰かの意外になるのは自然なものか。


「これが今週昏睡して骨折してた人の身体かぁ・・・」


迅は口元を覆ってまじまじと静香の身体を見つめる。
完全修復された骨は退院数日とは思えないほど静香に怪我の痕は一切ない。

相変わらず貧血は残っているが薬が処方されている分、
人並みに戻るのは時間の問題だろう。


「聞いているとかなり物理寄りだな・・トリオン体でも恩恵あるのかな」
「トリオン体の状態でトリオンや傷が回復することはあるのか?」
「ないよ。 ないけど・・・・」
「・・・もしかして、とは思わせられるな」


そうやり取りした風間と迅に、口を噤んで耳を傾けていた静香だったが、
短い会話を終わると2人の視線が改めて静香を捉えた。

若干の静寂。 何故こんなにも注目されるのか。
妙に居心地が悪く頬を爪で小さく掻いた。

迅はふと思い当たったように顔を上げる。


「そういや2人ともボーダー志望ということでいいんだよね?」
「そのつもりだった」
「うん。 侵攻の影響か、ボーダー志望者が他にも何人か居るんだ」


辺りを見渡した迅はテーブルに近付くと、
端に置いてあったペンを手に取り、メモ帳に2枚何かを書いた。


「顔合わせも説明もしたいから、後日またここに来てくれる?」


迅は何かを記したメモ用紙を風間と静香にそれぞれ手渡す。
メモ用紙に目を通せば来週の日曜日の日付と15時、と記されていた。


「歓迎するよ。 風間さん、山吹さん」



■彼は随分と大人びていた



(どうしよう、ぼんち揚2袋も貰っちゃったんだけど・・)
(嫌いなら食うが)
(嫌いじゃないけどシンプルに動揺している・・)
(ふ、)

(・・・話していると迅君が年下とは思えないな)
(そうだな。 昔から妙に大人びた奴だった)
(思ったより早く予定終わったけど、この後どうする?)
(時間あるなら飯どうだ。 腹減った)





 
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