短編棚風

□お前そんな顔できたのか
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風間さんは意外と忘れ物が多い。

かれこれ風間との付き合いも半年以上になり、
お互いの人間像もなんとなく把握してきた頃だった。

普段からきっちりしている印象が強いが、
思い返せば彼が教科書を借りに来たのはこれで3度目だ。

2限を終えた休み時間、3限が古典だが教科書を忘れたから貸してくれ、と。

静香の居るAクラスに訪れた風間の言葉を反芻しながら、
机の中を漁り目当ての教科書を引っ張り出した。

取り出した教科書を片手に廊下で待っていた風間に手渡す。


「どうも」
「どういたしまして」

「・・・こっちのクラスの古典は何限目だ?」
「6限目だったかな、昼休みの後」
「成程」


前回、前々回の教科書の貸し借りの際にはなかった会話だ。

ここ2回、貸し出した教科書は授業が終わり次第すぐに返却されたため、
今の問いは少しばかり気になったが風間は特に何を言うでもなく、
礼だけ述べて何事もなくクラスへと戻って行った。

・・・まぁ、『いつ授業あるか』を訊いたのだから、
それまでには返しに来てくれるのだろう。 風間さんだし。

前例や性格を兼ねた予想は概ね外れないはずだ。

不思議には思っていたが3限目が終わる頃には、
彼に教科書を貸し出していたことも忘れていた。

その後の授業も滞りなく終わり、4限終了後の昼休み。

喧騒の教室の中、コンビニで買った昼ご飯を鞄から取り出そうとすると、
人が近付いてくる気配を感じて顔を上げた。 あ、クラスメイトの笠木さん。


「山吹さん、誰か来てるよ」
「ん? ・・・あぁ」


扉の方へ視線を向ければ開いた扉の前で待っている風間の姿。

そういえばそうだった。 貸し出していたことを思い出して、
クラスメイトの笠木に礼を述べ、鞄漁りを中断して席から立ち上がる。

声が届く距離まで近付くと風間は手に持っていた物を静香に向けた。

「ん」と一言、差し出されたのは返却された自分の古典の教科書。
と、何故か隣に一緒に並べられてるアイスココアの缶。


「・・・?」
「3回分の借り」


疑問符を浮かべると補足のように飛んできた言葉。

教科書の借りられ3回、缶のアイスココア120円、1回辺り40円。

自分が返礼を要求したわけではないが、彼自身が借りは返す主義らしい。
思えば初対面の時に差し出した缶も、後日同じラインナップで返ってきた。

ただただひたすら律儀な風間に静香は思わず吹き出すように笑う。


「っふふ」


顔を綻ばせて笑みを見せる静香に、風間は少し目を見開く。

息と1つ吐き出すように、雰囲気だけで笑った様子や、
口元だけを緩めた笑みは見たことがある。

ただ揶揄も自嘲も含まない純粋な笑顔を見たのは初めてだった。

目を細めて柔らかく笑う彼女は風間の手から教科書と缶を受け取り、
アイスココアの缶を口元に寄せる。


「ありがと、貰っとく」
「・・・ほう」


そう、ここまで柔らかい表情をした彼女は初めて見たのだ。
妙な声のトーンを発し、じっと顔を見つめる風間に瞬きを繰り返す。


「どうしたの」
「珍しい表情が見れたなと」
「え?」
「笑ってた」

「え、私笑うくらいはして・・・え、してない?」
「してない。 初めて見た」
「あっ・・・そうだったんだ・・・・へぇ・・・」


・・・自分の話なのに、随分他人事のように言う。



■お前そんな顔できたのか



(成程、もう1度くらいは見たいな)
(笑ったとこ?)
(あぁ)
(・・・やだなぁ、どんな顔してたんだろ)

(可愛いように思ったが)
(・・ぅえ?)
(腹減った、クラス戻る)
(あ、うん? またね?)





 
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