短編棚風

□お前は淡々と告げている
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これがトリガーホルダー、これがトリガーチップ。

ただこれは試作品でチップの種類が増えることもあるし、
ホルダーのチップセット数が増えることもあるかもしれない。

今あるのは剣トリガーの孤月、弾トリガーのアステロイド、
後は攻撃を防げるシールドとレーダーから姿消せるバッグワーム。

ホルダーにセットできるチップは4つ、並べられたチップは4種類。
とりあえず全種類セットすることはできるらしい。

そういえば孤月って先週迅の口から聞いた気がするなと思い返す静香は、
木崎に指示されるまま孤月を起動し、隣に立つ風間同様素振りをした。

剣道は未経験でゲームもろくにしたことがなく、
単語や歴史上でしか聞かない剣を手にしてしまった。

いや、これ刀かもしれない。 違いが分からない。
剣の振り方なんて分かるはずもなく、8を描くように空中に線を描いた。


「重いか?」
「わりと重い」
「軽・・・くはないけど片手で行けそう」


少々眉を寄せて両手持ちで孤月の安定度を図る風間。
静香は相変わらず片腕で8の字を描いている。

未来が見えるらしい迅はサマになっている、と先週そう言ったが、
こんな素人動作ではたして本当にサマになってるように見えるのだろうか。

風間と静香の感想をそれぞれ聞いた木崎は相槌のように頷く。


「さて、武器も握って多少振り回したところで。 山吹」
「私?」
「山吹のサイドエフェクトがトリオン体にどれほど影響及ぼすか、
 確認してくれと言われているんだが」


淡々と告げる木崎に、とりあえず黙って耳を傾ける静香。

その続きの言葉は想像つきもしたけれど、
具体例が脳裏を過ぎる前に木崎の口から発された。


「斬られる覚悟はあるか?」
「・・・そ、それは、切断ですか?」
「切断。 とりあえず腕だな」
「な、生身の方は無事なんだよね? あ、痛い・・・?」

「痛覚は消せる、生身は無事だ。 心配なら今俺が実践して見せてもいいし、
 他人に斬られるのが嫌なら自分で斬り落としてくれという話になる」
「・・・き、斬ってくださって大丈夫です・・・?」


しどろもどろながらも了承の声に、
風間や静香と同じように木崎が孤月を起動する。

向けられる剣先は実際の刃物でなくともそこそこな恐怖心があり、
トリオン体は生身と別だと分かっていても身が引ける。


「あたしら感覚麻痺ってるけど、多分これが普通の反応よね」
「だろうな」
「ごめんなさい若干の恐怖心が」


静香の様子を見、トリオン体に慣れているだろう小南と木崎が短く会話する。
未だ向けられたままの剣先に腕を斬り落とされる勇気は出なかった。


「・・・山吹、孤月を木崎に向けろ」


そのように指示したのは指導の木崎ではなく風間だった。
とりあえず言われたように対面に立つ木崎に孤月を向ける。


「そのまま戦えるか?」
「・・・」
「木崎を攻撃できるか」


風間の声を聞きながら剣先を木崎に向けて硬直数秒。
静香はろくに動きはしないが先程より恐怖してる様子は伺えない。


「サイドエフェクトの動作よりも、斬られる覚悟よりも、
 トリオン体で戦えるかどうかの確認が先だろう」
「確かにそうだな」


木崎は静香に向けていた剣先を天井に向ける。
攻撃的な体勢から防御的な体勢に入った様子に見える。


「どこからでも掛かってきていいぞ」
「・・・ちょっと段階踏んでもいいですか? 剣も素人だし・・・」
「あぁ」


静香は棒立ちのまま軽く孤月を振り下ろした。
木崎はそれを孤月で受け止める。

弾かれた孤月をまた横に薙ぎ払うように軽く一閃、また受け止められる。

キン、カッ、キンッ、キンッ、静香は一方的に無表情で攻撃をするが、
どの攻撃も本気とは言い難く木崎は何の焦りも見せず平然と受け流す。

孤月同士のぶつかり合う音が10回も響けば静香の攻撃速度が上がった。
それでも静香は素人なので、戦い慣れた木崎には難なくいなされる。

更に追加で数十回ほど孤月がぶつかると、静香の目が真剣になっているのが
様子を伺っている小南や風間からでも分かった。

派手な動きこそしていないが身体や足の向きを変え、
腕を狙いに行く気配が度々伺える。

剣速が更に上がりだした頃、木崎の左手首が斬り落とされた。

ただそれは静香の実力や偶然でなく、木崎が手を緩めてわざと斬らせている。
静香は落ちた手首に一瞬視線を向けたが、改めて木崎に向き直り剣を向けた。

あ、ちゃんと戦えるな。

静香以外の誰もが彼女に対してそう感じ取った瞬間、
木崎は静香の攻撃を避けると彼女の左肘から下を斬り落とした。

手首が落ちた時よりも重いどさ、という音が響く。


「・・・あ、」
「まだ攻撃できるか?」


小さく零した静香に、木崎は手首が落とされた左腕を伸ばす。

静香は煙の出ている失った左腕を凝視した後、
木崎の左肘に向けて孤月を振り上げた。

避けなかった木崎の腕は案の定孤月に斬り落とされて落ちる。

手首が1つ、手首から肘の腕が1本、肘から指の腕が1本、
切断されたトリオン体の部位が床に転がる。

トリオン体の事情を知らずに床が赤く染まろうものなら発狂物だろう。


「行けました」
「よし、問題ないな」
「いやぁ、でもこれちゃんと解説受けないと斬れないな・・」


まだ微かに煙が出ている左腕を抑える静香は苦笑いを浮かべている。
生身とは別、生身とは関係ない身体だと分かっていても恐怖心は残るものだ。

木崎は傷口を塞ぐ静香に視線を向ける。


「煙を抑えるのは対処としては正しいが、観測するから一旦離してくれ」
「あ、はい」
「視界の右下に大量の四角と数字が見えてるな?」
「見えます。 350分の327、あ、326」

「それが自身の最大トリオン量と現在のトリオン量。
 現トリオン量が変動したら随時発言してくれ」
「はい。 325 ・・・」


静香はその20秒後に324と告げたっきり、しばらく黙った。

換装したらトリオンは回復しない。 トリオン体使用者ならば常識だ。

かと言いトリオンの多さで発現するサイドエフェクトが、
トリオン体に影響の出ない完全物理体質というのもそれはそれで珍しいが。

しばらく沈黙が続く。 静香の腕が再生する気配は見られない。
謎の硬直時間が続いていると、不意に静香の唇が動いた。


「325」
「おぉ」
「回復するんだ・・・」


急にプラスになり耳にするのは2度目の数字に、
静香以外の3人がざわりと反応を見せる。


「・・・切断箇所は生えると思うか?」
「あたしは流石にないと思う」
「俺も換装は今日が初だが、流石にないだろう」
「326」

「ならこの回復は最大値まで行くと思うか?」
「・・・え、どうなのこれは?」
「切断されているのにトリオン最大値・・・?」
「矛盾凄くない?」


視界の右下に映るトリオン量の数字を淡々と告げる静香の傍ら、
特にトリオン体に知識のある3人が憶測を飛ばす。


「計測するか・・・今オペレーター室に居るの誰だ?」
「327」
「林藤さんじゃない?」

「”大正解ー、林藤ゆりです”」
「ゆ、ゆりさん」
「あっ、ゆりさんの方だったのね」
「(知らない人だ)」


どこからか聞こえる声に静香は顔を上げる。

本部に訪れた直後に出会った男性と同じ名字を名乗ったゆりさんの声は若い。
奥さんにしては声が若すぎる、血縁関係だろうか。


「タイマー仕込んでくれませんか。 山吹の回復が1間隔ずつ何秒か」
「”はいはい、ちょっと待ってね。 蒼也君随分久しぶりだね”」
「328」
「ご無沙汰してます」



■お前は淡々と告げている



(”ざっと40秒1トリオンだね”)
(337)
(タイム観測してる間に山吹さんのトリオンカンストしそうなんだけど)
(・・・止まるまで待つか。 ゆりさんありがとうございます)

(”はーい、また少し離れるから必要な時に呼んでね”)
(そういや月見さんの指導担当ゆりさんだっけ)
(風間さんまさかボーダー全員と知り合い? 338)
(全く知らない人は居ないはずだが。
 ・・・山吹、数字以外の発言久しぶりだな)





 
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