短編棚風

□お前の寝顔は珍しいけど
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高校卒業とほぼ同時に大学の近くで1人暮らしを始めた、
静香の家はわりと溜まり場と化しつつあった。

主に訪れるのは風間だが、週に半分のペースで自炊する
静香の料理をつつきに諏訪が飛び込むことも最近は増えたように思う。

レポート消化するか。 今日何か作るけど食べに来る? なら山吹の家で。
大学帰りの会話はトントン拍子に決まった。

時折会話を挟みながら普段通りにそれぞれレポートを消化する大学生。

持参のノートパソコンのキーボードを叩く風間は、
画面右下にデジタル文字で表示された時間に視線を向けた。

21時。 思ったよりも時間が経過している。


「・・・帰るの面倒だな」


不意に呟かれた声に静香は顔を上げた。

風間も一人暮らしであったが大学よりも本部の方に近かった。
大学と本部はそこそこ距離があるし徒歩ならかなり時間を要する。


「泊まってく?」


帰らないわけにはいかないが、と思いながらタイピングを再開させた矢先、
対面の席から飛んできた意外な申し出に入力の手が止まる。


「・・・いや、お前・・・」
「風間さんは明日も講義だよね、ここからなら大学近いし」
「流石にやめた方がいい」


ただ独り言を呟いただけで他に意図はなく、催促でもなんでもなかった。

一人暮らしの女性の家に入るだけでもわりとアレだが、
流石にそれ以上は危機感を持ってほしい。

止めた風間に静香は少し瞬きを繰り返すと、吹き出すように口元を緩めた。


「風間さんが止めるのね」


文脈としては微妙にズレた発言、だが・・・一応そういう思考はあるのか。
思わず口を閉ざす風間に、彼女は改めて表情を和らげた。


「大丈夫、私は風間さんの言葉を信じるから」
「・・・・・?」


以前に何か言ったか? 思い当たりがすぐに出てこない。

この間の晩飯、大学での遭遇、ボーダーで会った時、
過去の記憶を粗方呼び出してみるがそれらしい発言が見つからない。


「高3の時に図書室で」


風間が考えているのがバレたのか静香の口からヒントが出てきた。

高校3年の図書室で山吹と居た時と言えば、彼女の髪に触れた時か。
出会った頃よりも長くなったなと髪に触れた記憶がある。

思えばあの頃はまだ人に対してまだ緊張感が残っていて、

――常識のみを考えて俺が山吹を失望させるほどのことが?

・・・・引っかかった、


「思い出した、確かに宣言してるな・・・」
「風間さんだし、発言内容忘れてても思考は変わってないでしょ」


机に手を添えてカタリと席を立つ静香の動作を目で追う。


「梅さんとか友人がたまーに泊まるから布団一式あるの、出すよ」
「・・・頼む」


折れてしまった。 帰宅の面倒さに屈した。
それでもやはり頼むまでの悩んだ数秒は伝わったようで静香は小さく笑った。

そういうところを信用しているよ。
言外にそんな意図を含んでいそうで彼女の反応に言葉が出てこない。

物置になってるらしい部屋の方へと歩いていく彼女の背中を見送った。


「(・・・冷静に考えても好きな女の家に泊まるって凄い状況だな)」


数秒パソコンに入力していたレポートの字を見つめた後、
布団出すのを手伝ねばと気付き席を立って静香の後を追った。







そういえば慣れない環境だと妙に朝早く目覚めるタイプだったかもしれない。

未だに薄暗い室内に瞬きを繰り返しながら、
風間はゆっくりと布団から起き上がった。

静香の部屋からわりと近い距離に居るらしい鳥の囀りに耳を傾けながら、
まだはっきりと覚めていない目元に手を当てた。

目元から手を離し辺りを見渡すと見慣れない部屋、だが昨夜には見た部屋。

キッチン周辺しか訪れたことのないため、
静香の部屋に訪れたのは今日が初めてで物珍しかった。

左手側には腰辺りの高さにあるベッドがあり、
視線を向ければ静香が身体を丸めて眠っているのが伺える。

何事もなく眠る彼女の顔は初めて見た気がした。
まぁ人の寝顔など早々見れるものじゃないが。

座ったままもう少し背筋を伸ばせば枕元に散らばる髪が見えた。

昨日一瞬話に挙がった高3の頃よりも伸びている。
そろそろ括れそうな長さがありそうだ。

散らばる髪を掬い上げて軽く指を通す。


「ん・・・?」


微かな声が漏れ、静香の目が薄っすらと開いた。
指から彼女の髪が落ちて行く。


「悪い、起こした」
「・・や、だいじょうぶ」
「嫌か?」
「・・・いいよ、」


許可と思しき声に改めて彼女の髪を拾う。
それだけ返事をした静香はまたゆっくりと目を閉じた。

・・・ぐっすりなことで。
あまりの警戒心のなさに小さく吐き出した。

信用されているのは嬉しいがあまりほいほい男を泊めるな。
俺がお前に気があったらどうするんだ。

あったらの仮定ではなく、間違いなくあるのだけれど。

尚帰宅の面倒さに屈して泊まったのは紛うことなく自分なので、
この状況で彼女を説教できはしないのだが。

風間に髪を触れられる静香に特に怯えた気配はなく、
撫でる所作に移行しても大人しい。


「いま、何時?」
「5時くらいじゃないか」
「はっや・・・後1時間は寝れるじゃん・・・」

「山吹、寝る前に答えてくれ。 朝飯どうする予定だ?」
「コンビニ・・・本部行く途中で買うつもりだった」
「買ってくる。 何がいい」

「菓子パンがいいな・・・あとは任せる」
「お前の好み覚えてないな・・・了解」
「鍵、テレビの下の引き出しにあるから、」
「借りていく」


静香の頭を最後に一撫でした風間は、
物音を立てぬようにその場を立ち彼女の部屋を出て行った。



■お前の寝顔は珍しいけど



(女の寝起きにまで立ち会うのは流石に申し訳ないからな)





 
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