短編棚風

□お前はどんな表情してる
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ボーダーでの任務や予定、作業をやり遂げた。
満足して時計を見れば日付が変わる直前だった。

私服のまま換装体に切り替えてトリガーをズボンのポケットに入れ、
連絡通路を使わずに正面玄関から本部を出て行く。

外に出ると暗い住宅街が風間を出迎えた。

本部周辺の警戒区域に電気は通っていない。
一般的な街中や住宅街で点灯しているはずの街灯が付いていないのだ。

普段は連絡通路を使うため、わざわざ警戒区域を通って
帰宅することは非常に稀だが、無人の住宅街はどこか廃墟を連想させられた。

廃墟と呼べるほど年数も経ってないしそこまで傷んでもいないのに。

街灯がない分、警戒区域の中は不気味なほど暗く静かだが、
数分も歩けば暗闇に目が慣れて移動するに問題はなかった。

本日最後の用件。 残すは迅から報告を受けた山吹の様子見のみ。
・・・とは言えこんな時間だが居るのか?

半信半疑でかつて日常として利用していた道を進む。
特に見覚えのある光景に辿り着き、公園に足を運ぶ。

月明かりに照らされブランコに座る人影を見た。
思い返される高校2年の前半期の記憶。 既視感。

あぁ、これは確かに不安定そうだ。


「山吹」
「! ・・・風間さん、」


以前と同じように名を呼んで声を掛ける。
風間が訪れたことに驚いた様子を見せたが束の間、彼女は力なく笑った。


「・・・・なんで、居てほしい時に来てくれるの、」


震えているか細い声は異様なほど心許なかった。

少なくとも拒絶の反応ではなかったため、
風間はこれまた以前と同じように左隣の空いたブランコに腰を下ろす。


「今日は迅に礼を言え」
「迅君が・・・? あ、予知か」


記憶を掘り起こしてみれば確かに昼間に本部で会って少し話していた。

普段通りに振る舞っていたつもりだったが、
流石に未来視からは抜けられなかったらしい。


「不安定そうだったと心配していた」
「・・・迅君にバレるレベルかぁ」


今の発言ならば予知がなくても気付かれていた可能性が高い。
下手したら迅以外にも様子が可笑しいことくらいは勘付かれていたのかも。

重い溜息を吐き出す静香を風間はじっと見つめていた。


「・・・1ついいか?」
「んー?」
「お前のそれ、いつからなんだ」
「昨日、かな」

「日付的には一昨日?」
「もう日付変わってるならそうなる、ね」
「・・・昨日のうちに会っておけばよかったな」
「ん、」


それがどういう意図の相槌だったかは理解しきれない。
お互い以外の人気を一切感じない、生温い風が通り過ぎてく夜中の公園。

ずっと遠くから門が開いた時特有のバチリとした音が響くが、
今夜もシフト通り部隊が出ているから2人が動かなくても大丈夫だろう。

言葉のない息遣いだけの静寂。
キィ、と少しだけ静香がブランコを動かした気配がした。


「上手く眠れないの、」


静寂を破るように、呟くように口を開いたのは静香だった。

風間は視線を静香へと向けるが彼女は視線を地に落としたまま、
目を伏せてブランコを小さく揺らした。


「こびりついた記憶って凄く厄介なのね」
「思い出してしまったのか」
「夢で、」


それ以上静香の口から続きが語られそうにはなかった。
・・・だが、概ね事情は汲み取った。

辛い記憶は忘れた方がいい。
口で言うのは簡単だが人間の脳や感情はそう便利には作られていない。

投げかける言葉も思い浮かばず、風間は口を閉ざす。

・・・それからはまたしばらく無言の時が流れたが、
ゆっくりと息を吐き出した静香が再度静寂を破った。


「ごめんね」
「・・落ち着いたか?」
「うーん、半分」
「半分・・・」


本調子ではなさそうだが声だけなら普段通りに聞こえる。
残りの半分はどうするんだ。

隣のブランコへ視線を向けると彼女と目が合った。


「あのさ、風間さん」
「ん」
「他意はないんだけど、今夜泊まりに来ない?」


特に何か動作をしていたわけではなかったが、
静香の発言にぴたりとありとあらゆる器官が硬直する感覚がした。


「・・・そういうのは軽率に言うな」
「うん、ごめん。 でも」
「・・・・はぁ、 分かった」


たっぷり悩んで重い溜息1つ。
溜息の後ではあるがすんなりと出た了承に静香は微かに笑みを浮かべる。

自身に対する警戒心のなさには文句の1つも言ってやりたいが二の次でいい。
今はこいつの残り半分の蟠りが解消できるならそれでいいと思った。


「ついでにもう1つお願いしたいんだけど」
「今度はなんだ」

「抱きしめて」
「は?」
「ハグ。 嫌なら断って」


漸く噛み砕いて発言を飲み込んだ瞬間、風間は思わず額を手のひらで抑えた。

本当に、本当にコイツは。

言いたいことは山程あるはずなのに、
その続きを述べるような言葉も出てこないほど混乱していた。

役得だが大体付き合ってもいない女を抱きしめるのははたしてどうなんだ。
本人が求めてるなら良いのか。 良いのか? 本当に?

頭を抱えかなり迷う様子の風間に静香は吹き出すように笑う。
彼女が笑っても風間は顔を上げないまま考え込んでいた。


「ごめん、なんでもない。 聞かなかったことにしておいて」


静香はブランコから立ち上がり、そのまま公園の出口へと歩き出す。
彼女の背中を見、後を追うように風間も下りて数歩進んだ。


「山吹」
「ん」


呼び止められ足を止め振り返った瞬間、左手首を掴まれた。
息付く間もなく掴まれた手首がどこかに吸い込まれる。

よろけてもつれそうな足元、160度反転した視界、
どこかに受け止められた首周りと自分以外の体温、力強く肩に回る人の腕。


「・・・!」


あ、抱きしめられたのか。
あれほど、迷ってたのに。

驚愕の色で瞬きした静香の傍ら、風間はゆっくりと瞼を落とした。


「(あ、しまった)」


熟考した結果そのままにはしておけないと判断した頃には離れそうだった、
それを引き止めたにしても少々強引すぎたと後悔する。

彼女がどのように『それら』を受けたかは定かでないが、
自分自身も性別的にはその父親と同じ男であることを思い出す。

触られるのを嫌がる人だった。
今の行為は思い出させてしまうかもしれない。

・・・ただ、突然引き寄せられて風間の腕の中に収まった静香に、
怯えた様子や息遣いは一切伺えなかった。 それどころか。


「・・・風間さん甘いなぁ」


どこか笑みを含んだその言葉と共に静香が寄りかかった、気がした。

・・・信用も信頼もありがたく思うが、年々警戒心が薄れている気がする。
誰にも話せない心境は自分の中だけに留めておくことにした。


「彼女できたら教えてね」
「・・・何故?」
「彼女持ちにこんな甘え方できないから」


一応、彼女が居たらまずいだろう頼みをした自覚はあるのか。

お前が甘えるに頼った先は一応お前に気がある男なのだが、
仮に俺にそうでなくても彼女が居なくてももまずい自覚を持ってほしい。

・・・・それも風間は心の中に留める。 募っていく。


「俺に彼女が居て、お前が今の状況になったらどうするんだ」
「1人で苦しむんじゃないかなぁ」


しれっと答えた静香に、風間は眉を寄せた。
杞憂であると、切り捨てられたらよかったのに。



■お前はどんな表情してる



(大丈夫だから。 教えてね)
(・・・分かった)
(・・・)
(・・・)

(言うとは言ってないなぁ)
(言うからお前も言え)
(え、何を。 あ、彼氏できたら?)
(違う、苦しくなったら)





 
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