短編棚風

□君はそそくさ出て行った
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夜中の公園を出た静香と風間は隣に並び歩き、
人気のない警戒区域の住宅地と警戒区域周辺の住宅地を抜ける。

静香の家は大学の周辺にあり、ボーダー本部からは少々距離がある。

アパート2階へ繋がる階段を上ってある扉の前で止まった静香は、
ポケットの中に入れていたらしい鍵を扉の鍵穴に突っ込んだ。

ガチャリと音がして解錠されると静香は扉を開けて室内に入っていく。


「お邪魔します」
「どうぞ」


静香は自宅なものだから多少雑に靴を脱いで廊下を歩く。

風間も既に夕飯やレポートなどの作業で幾度か訪問しており、
玄関で靴を揃えた後は特に周辺に見向きもせずに彼女の後を追った。


「外着だな。 風呂入るのか?」
「うーん・・・入りたいけど面倒だな・・・」
「今入るなら髪乾かしてやる」

「・・・入ろっかなぁ」
「ふ、」


キッチンと小さなテーブルと椅子のあるダイニングに立ち入った静香は、
パチパチと慣れたように電気を灯した。

静香の家は妙に静けさに呑まれていた。
直前まで人が居なかったから静けさは当然と言えば当然ではあるのだが。

それにしても以前来た時以上に生活音のしなさに思わず耳を傾ける。

風呂に入るかどうか悩んでいるらしい静香は腕を組みぼんやりと立っており、
それを横目に風間はキッチンへと足を踏み入れた。

中身のない開きっぱなしの小さな炊飯器、
数時間以上は使用された形跡のないかぴかぴに乾いたシンク。

消費期限が今日、否、今日はもう日付が変わっている。
記載日で見れば昨日消費期限を迎えたパンがテーブルの上に置かれていた。

・・・これは、あまりにも、

まさかと思い静香の後ろ姿を視界に入れる。


「おい山吹」
「うぇ?」


風呂に入る算段を付け自室に向かうのだろうフローリングを数歩、
ふらりと移動した静香との数歩の距離を詰めて細い腕を掴む。

驚いたらしい彼女は珍しく気の抜けた声をあげて振り返った。
腕を引っ張り正面を振り向かせ、風間は顔を覗き込む。

静香より数センチほど身長の低い風間は自然と見上げる形になった。
すっと細められた瞳は鋭く、静香に向けられるものにしては珍しい。


「お前最後に飯食ったのいつだ」
「え、」


風間の発言に静香がギクリとした様子を見せる。

思えば、昔から華奢な手足だった。
太らない体質かと思っていたが、それ以外の理由があったのかもしれない。

現に今、本来なら困らないだろう返答に彼女は言い淀んでいる。

数秒返事を行わない静香に風間は低く、静かに「答えろ」と催促した。
目を見開いて唇を歪ませ、声を発さない口がゆっくりと開く。


「・・・お、とといの夜・・・」
「6食抜けてるんだな?」
「・・・はい」


同意の声に風間はそれはもう誰が見ても重い溜息をながーく吐き出した。
呆れたように頭を抱える風間に、静香はバツの悪そうに頬を掻く。

細身だ華奢だとは薄々思っていた、昔から飯を抜く癖があったのだろう。
流石に6食抜いた状態で寝かすのは躊躇う、寝る前になにか食わせたい。


「・・・何なら腹に入る」
「え、 まさかこの時間から食わせるつもりじゃ」
「そのまさかだ」

「深夜だし寝る前だけど・・・!?」
「うるさい食わんよりマシだ、何なら腹に入るんだ」
「・・・雑炊とかうどんとか胃に優しいもので・・・」
「買ってくる。 鍵借りるぞ」



■君はそそくさ出て行った



(あっ、風間さん。 期限、切れたパンが)
(それは俺が食う)
(・・・えっ寝る前に?)
(寝る前に)

(胃もたれしない?)
(俺の胃はそこまでヤワじゃない)
(強い・・・)
(行ってくる)





 
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