短編棚風

□お前は眠るように目瞑る
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大規模侵攻があった年の三門市夏祭りは侵攻の爪痕でそれどころではないと、
まだ悲しんでいる人も多いという自粛ムードで開催はされなかった。

翌年からはボーダーができて安全面がかなり保証されたこともあり、
ぽつぽつと各地での祭りが執り行われていたらしい。

今年は花火も打ち上げるとの話を小耳に挟んでは聞き流していた頃、
風間から「夏祭り一緒に行かないか」という誘いが来た。

予定も特になかったので二つ返事で了承。
祭りは久しぶりだ、浴衣はないけど、祭りならかき氷は外せない。

お互いの祭り参加事情を交わしながら、
風間が静香の家に迎えに行くと約束を固めていた頃だ。


「あ、風間さん」
「? 山吹」
「夏祭りの日、現地集合でもいい?
 直前に急用入っちゃったから現地の方が早い」


静香の申し出に承諾して、改めて決めた集合場所と時間。

祭り当日、喧騒が微かに聞こえる場所のベンチで1人座っている風間。
予定の時間を2分押して「おまたせ」と耳馴染んだ声に顔を上げた。

・・・思わず動作が固まった。

気恥ずかしそうに頬を掻く静香は紺色の浴衣を身に纏わせて、
髪も浴衣に合わせてまとめあげられている様子だった。

浴衣を着てくるという事前情報なしに直視した衝撃と、
静香の浴衣姿が新鮮で口の中が酸っぱく感じる。


「・・・浴衣は持ってないんじゃなかったのか?」
「貸してもらっちゃった」


紺色の下地に色素の薄い朝顔が彼女の髪色と合っている。
一頻り浴衣姿を見つめた風間は不意に顔を上げて静香と目が合った。


「似合ってる」
「・・ありがと、」


さらっと褒めの言葉を述べる風間に少しむず痒い思いが残る。

無事に合流は果たし、花火が始まるまでは屋台巡りという話だった。
屋台へと歩を進めそうな風間が急に振り返り、すっと左手を差し出す。


「?」
「歩きづらいかと」


それだけ述べた風間の視線がちらりと静香の足元に落ちた。
彼女の足元は浴衣に合わせて当然のように下駄を履いている。

風間は彼女が人に触れるのが苦手なのは知っていた。

断られるのを承知で差し出した手だったが、
静香は笑みを浮かべると風間の左手に右手を重ねた。

あ、細。 感想は心の中に留めて手を引いて屋台の人混みへと向かう。

一定の高さにある2人の手は、手を繋ぐというよりはエスコートに見えるし、
迷子防止というよりは歩きやすさを優先しているように見える。


「急用ってまさか浴衣か?」
「正解、風間さんと行くなら着て行けって言われちゃって」
「・・・誰に?」

「望ちゃんと柚宇ちゃん」
「加古と国近か・・・」
「浴衣は蓮ちゃんの」
「月見か・・・」


確かに言い出しそうな奴らだし、確かに彼女が持っていそうな浴衣だ。
・・・自ら言いに行くつもりはないが顔を合わせたら礼くらいは言おう。

花火までしばらくの時間があり、屋台にちょこちょこ寄っては腹ごしらえを。

たこ焼きと大判焼きとかき氷とほぼ軽食をいくつか食した静香に対し、
風間は既に焼きそば、焼き鳥、お好み焼き、唐揚げ、大判焼きを完食してる。

「よく食べるね・・・」と半凝視の静香に対し、
けろりと「そうか?」とだけ答えた風間は屋台を見てはまだ何か探している。

一般的より小さいこの身体の胃袋はブラックホールか何かなのだろうか。

風間は屋台探すのを中断して不意にスマホに表示された時間を見た。
屋台の背後、周囲と少しだけ距離が取れるひっそりとした空間。

顔を上げた先に居た静香は屋台の方に視線を向けては、
人混みの雰囲気や屋台の明るさに目を細めている。

静香がその視線に気付き振り返れば程なく視線が絡んだ。

花火の打ち上げ時間が、もうすぐそこに迫っている。


「山吹」
「はい」
「笑ってみてくれ」
「・・・こう?」


少し考えた様子を見せた後、静香はふっと表情を緩めた。
頼みの意図は読めないがとりあえず実行する静香に律儀だなと思う。

伸ばした指先は一瞬頬に触れ、そのまま包むように片側の頬を覆った。

頼んだ表情を緩めた笑みはもうほとんど見えないが、
静香は不思議そうに風間を見つめるだけだ。


「・・・昔ほど怖がらないな」
「やー・・・いろいろ見せちゃったからなぁ」


眉を下げ目を伏せ笑う静香は、自身の頬を覆う風間の手に自分の手を重ねる。
怖がらせたくて触れているわけではないが、些細な変化が嬉しいと思う。


「それに宣言してくれたし」


あ、仇になったかもしれない。

心の端で若干の後悔を募らせれば、
それを知らぬ静香はゆっくりと瞼を伏せた。



■お前は眠るように目瞑る



(・・・どこかで腰下ろそうか)
(賛成。 なんだか花火見るの久しぶりだな)
(祭には行かないタイプか?)
(浴衣来てまで準備して行こうと思ったことはないかも)

(なら俺は随分珍しいのを見ているんだな)
(そういうことになるね)
(・・・・)
(・・・もうすぐだね?)





 
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