短編棚風

□君は余りにも堂々として
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昔は本当に、本当に触られるのが苦手だったのだ。

その原因と理由を知るのは今や母親と風間さんしか居ないけれど、
触られるのが苦手だと明確に知っているのは未だ彼だけな気がする。

ソロランク戦を終えてココアを購入し、ラウンジで一息付いていたら背後から
「あっ、ぶっきー発見〜」と耳馴染んだおっとりした声が届いた。

振り返ればオペレーターの国近柚宇と加賀美倫がひらひら手を振っていた。

ココア缶を片手に振り返れば2人は静香が居るテーブルの傍らで足を止め、
そのまま座ることもなく世間話のムードになる。


「今日は髪下ろしてるんですね」


髪が伸びてからは普段横髪を掻き上げてハーフアップで過ごしていた静香が、
ヘアゴムの類を付けずに髪を下ろしているので加賀美が指摘した。


「ゴム切れちゃったの。 代えを持ってきてなくて」


少しばかり邪魔くさそうに横髪を耳に掛けながら笑う。

高2の頃から3年以上の時間を掛けて伸びた髪は胸元辺りまであり、
高校時代の静香を知る者からは「髪伸びたね」と度々声を掛けられる。

「またゲーム貸すね〜」と国近が話しかける横で、
加賀美がうず、と身体を震わせる。

しばらく黙って口元をぐにゃりと歪ませた加賀美は、
2人の会話が一瞬落ち着くのを見計らって声を掛けた。


「山吹さん、今日はしばらくお暇ですか?」
「え? うん、予定はないけれど」
「国近、ちょっと山吹さん足止めしてて」
「いいよ〜、よく分かんないけど」


まるでランク戦で指示をするように国近にそう告げた加賀美は、
ほぼダッシュと呼んでいいほど駆け足でラウンジから去っていった。

取り残されて足止めを頼まれた国近は、
とりあえず静香の向かいの席に腰を下ろす。


「足止め任されちゃった」
「任されてたね」

「ゲームの話していーい?」
「いいよ」
「ぶっきー動物好き? スマホアプリなんだけどね〜」


前のめりになり、取り出したスマホの画面を静香に見せる国近。

この子が凄く可愛い、この子見た目いかついけどすっごく強い、
最近やってるイベントはこんな感じで、季節限定のグラがね。

静香はゲームに疎かったが相槌が打ちやすいように会話を展開する国近。

ほぼ一方的に国近が語ること約10分が経過した頃、
小走りのパンプスの音が耳に届き加賀美が戻ってきたことを察する2人。

顔を上げれば少し大荷物の加賀美の姿が視界に飛び込んできた。


「わ、倫ちゃん何それ」
「持って来てから確認し忘れたことに気付いた・・・」
「確認?」
「山吹さん、髪で遊んでいいですか」







[今どこに居る]
[ラウンジ。 柚宇ちゃんと倫ちゃんと一緒に居る]


柚宇と倫というと国近と加賀美のことか。

年下の女子を名字ではなく下の名で呼ぶことが多い同級生からの返事を、
自分の分かりやすいように置き換えてから「今から向かう」とだけ送る。

メッセージで事足りるならばそれで用件を済ますことが多い風間だが、
静香に対しては急ぎでない限りは顔を合わせて用件を伝えることが多かった。

彼女が用件を顔を合わせて伝えることが多いからか、
それともお互いのきっかけが常に顔を合わせていたからか。

いつのまにか定着していた理由を記憶が掘り返し始めた頃、
送信メッセージに既読が付いたのを見てからスマホをポケットにしまった。

風間がラウンジに足を運ぶとそこそこ人が居た。
静香が送った一緒に居る人間の名は目安だったのだろうと想像が付く。

歩いていたり座って談笑する隊員の姿を横目に3人の姿を探す。

不意に加賀美らしき特徴的な髪型と、
その隣に国近らしい女子2人の後ろ姿が目に入った。

2人は隣に並んで立っているが会話しているわりに顔を見合わせていない。

代わりに視線が少し下に向いている様子で、
その先に静香が座っているだろうことまでは推測できた。

答え合わせだと言わんばかりに、国近と加賀美の並べた背中の隙間から
見慣れた色素の薄い髪が視界に飛び込む。


「山吹居るか?」
「あっ風間さん!」


掛けた声にいち早く反応したのは国近だった。
風間への返事と振り返ったのはほぼ同時で、直ぐ様国近は1歩横に移動する。


「見て見てぶっきー!」


加賀美も反対側に1歩移動すると、国近と加賀美の背中による盾がなくなる。
髪の色は随分と見覚えがあるのに髪型は随分と見慣れない。

2人に散々、存分に髪を弄ばれたのだろう静香が振り返った。

普段ストレートに伸びている髪がふわふわくるくると巻かれており、
ところどころ編み込みもされ、ヘアゴムも見かけより使用されていそうだ。

静香の髪の色素が薄いのも相まってどこぞの人形を連想させられる。

テーブルの上には髪弄りに使ったのだろう道具がいくつか置いてあるが、
男の風間はそれらの名称を1つも挙げられなかった。

スマホを片手に、ひらりと手を振って笑う静香。

・・・成程、髪型が変わるだけで雰囲気が変わる。
静香の座る椅子に近付いた風間は覗き込むように少し頭を傾けた。


「・・・随分可愛らしいな」
「鏡見てないんだけど・・変じゃない?」
「似合ってる」

「風間さん口説いてるよそれ・・・」
「た、たらし・・・」


静香の髪を弄り倒した戦犯女子2人は若干顔を赤らめて笑った。

戦犯の発言に然程反応を見せなかった風間は、
スマホと一緒に突っ込んでいた右手をポケットから出す。

普段ハーフアップの静香に合わせたのか横髪は後ろに持っていかれていた。
背中に吸われている髪を掬おうと指を伸ばす。

出会って間もない静香は髪に触られるのも躊躇していたが、
風間が度々髪に手を伸ばすからか、
今や恐怖や躊躇といった様子は完全に見られなくなった。

国近と加賀美に自由にさせていたのも、
対人への恐怖心が薄れてきたからなのだろう。


「(長くなったな)」


髪が一番短かった頃の彼女を知っている。
髪ですら触られるのを怯えていた彼女を知っている。

だから、これは良い傾向なのだと思う。
思い返すと酷く懐かしくて感慨深い。

一切の怯えを受けずに彼女の髪を拾い、視線の前にまで持ち上げた。
コテを使用して解いたばかりの静香の髪はほんのり熱を持っている。

風間はしばらく静香の髪をじっと見つめた後、
不意に屈んで目を伏せ、掬っていた静香の髪に口付けを落とした。


「ひゃー・・・!」
「・・・!? か、ざまさ」


頬を両手で抑え顔を赤くさせる国近、驚いたように口元を抑える加賀美。
そして静香は目を見開いて唇をはくはくと動かした。

彼女達に向いていた視線、周囲の空気が少し変わった気配を察する。
赤い瞳を覗かせると同時に唇を離す風間は、静香の顔を見て緩く微笑んだ。


「・・・虫除け」


風間が髪から手を離すと、はらりと静香の肩に髪が収まる。

あまりの動揺で、揺らぐ瞳に声の出ない声。
・・・か、顔に熱が集まっている気がする。 何、今のは。

凝視する静香に風間は何事もなかったかのように屈んでいた姿勢を正す。


「遊ばれ終わったら開発室に来い。
 寺島が山吹からの意見が欲しいと言ってる」
「あ、うん、分かった」


静香の了承の言葉を聞くと、風間は妙な空気が漂うラウンジを堂々と離れる。

他にラウンジに居て様子を見ていた者も、その場に残された当人も戦犯も、
平均より大幅に小さいのにただただ強いその背中を見送るしかできなかった。



■君は余りにも堂々として



(・・・ねぇ、山吹さんと風間さん本当に付き合ってないの・・・?)
(・・・さぁ・・・どう思う・・・)
(今のは付き合ってると思われても仕方ないよ、ぶっきー・・・)
(想像に任せるよ・・・?)

(いや、でも、あの風間さん完全に牽制だった)
(見せつけてくれるよね〜・・・)
(虫除け発言までしてたものね・・・)
(風間さんが相手か〜、確かにこれは手出せないな〜)





 
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