短編棚風

□君は変なこと言うんだね
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今年も例に漏れず遠征の話題が浮上した。

火谷隊所属だった頃にボーダー初遠征に参加し1度近界に行った身、
お互いに「あぁ、今回もやってきたな」という似通った反応だった。

火谷隊解散後に風間はあっさりとメンバーを見つけ、
隊結成からさくっとA級認定された風間隊にも無論遠征への参加資格がある。

風間曰くオペレーターの宇佐美が近界に興味があり、
隊員も特に反対意見は出ていないため前向きに参加検討らしい。

戦闘員が2人でB級の中位と上位を行き来する山吹隊に遠征資格はなく、
その話題を耳にしたのはシフト調整の相談が来てからのことだった。


「今日は山吹の家で飯にしていいか」


そんな風間の申し出は遠征部隊出立の前日のことだった。

静香の家で風間が晩御飯を食べていくことは今までに度々あり、
一番多い時には週2で来ていたから内容自体はそう珍しくない。

珍しいと言えば風間からの申し出だったことだ。

明日から多少忙しくなるなぁとぼんやり考えていて不意を突かれた静香は、
瞬きをしながら数秒した後、「いいよ」と短く返事を残した。


リクエストを聞きながらスーパーで買い物を済ませ、
いつも通り静香の家に立ち入る。

適当に風間を座らせ購入したものをキッチンに並べながら準備を整えていく。

世論をネットニュースで済ませる静香の家にテレビの類はなく、
中心街からも離れた家は意外と静かだ。

この環境は少しばかり羨ましいかもしれない。
尚静香曰く近隣はほぼ一人暮らしの大学生で、時々賑やかな声がするそうだ。

あまり女子の部屋というものを知らないが、
初訪問した頃から物が少なくて簡素だなという印象は強い。

キッチンに立ち1人でせっせと準備する様に幾度か手伝おうか、と
声を掛けたものだが要らないよとけろりと、そしてばっさり切り捨てられた。


「暇だな」


独り言のように零した呟きは、静寂な空間でキッチンに立つ
静香にも届いたようで、浅い笑いが返ってきた。


「テレビないもんねぇ」
「買わないのか?」
「なくても困らないとなると、今度は買う理由が見つからないんだ」


静香の返答にそれは確かに、と心の中で返事を残す。

粗方のものをキッチンに取り出し終えたのか、
包丁で扱う小気味いい音がしだした。

静香はある程度慣れたように包丁を扱い野菜を刻む。

昔から一定回数の料理はこなしていたものの、
本格的にやり始めたのは一人暮らしになってからだ。

自炊は週半分くらいのペースで、その2割方は同級生に振る舞うことが多い。
因みに週の残り半分は概ね外食である。 ボーダーの定食が安くて美味しい。

静香が鍋の準備に取り掛かろうとコンロ周辺に置いていた鍋に、
手伸ばしかけた瞬間、右肩にこつりと何かが触れる。

伸ばした手がぴたりと止まった、どころか全ての動作が止まった。

背後からの微かな吐息、肩に接した人の熱。
ど、 見えぬ心臓が大きく跳ねた、気がした。


「・・・1分だけでいい」


いつのまに、ここまで、どうやって、音もなく。

動揺こそ表に出ないものの混乱を極めた脳は彼の発言を拾うのも必死だった。
俯きがちに発せられただろう低い声は足元に落ちる。


「このままで居させてくれ」
「・・・うん、」


なんとか絞り出した声はたった二文字なのに自分でも分かるほど震えていた。
それが、どこから来る緊張なのかも判別できない。

彼との接触に怯えることは随分と減った。
多分誰よりも気を許している相手である自覚もある。

テレビもない、まだコンロも点火させていない、
微妙な室温は暖房も冷房も入れるのを躊躇った。

大通りからも少し離れた室内はやけに静かで、
詰まるような息と心臓の音、肩越しの風間の吐息だけが聞こえる。

1分、 1分ってこんなに長かったっけ?
風間の珍しくも奇妙な行動の意図が読めない。

・・・珍しいと言えば今回の誘いは風間からだった。
風間隊、遠征前日、夜。

火谷隊の頃は彼に緊張はあまり感じられなかったが、
緊張なぞ知らなさそうな彼も不安に感じたりするのだろうか。

・・・これも、予測でしかないのだけれど。
ふ、と肩に触れていたものがゆっくりと離れる。


「悪かった」
「え、と、大丈夫?」
「・・・あぁ」


振り返れなくて風間がどんな顔していたのかも分からないまま、
彼は晩御飯の際のテーブル、定位置の席に腰を下ろした。

・・・動揺か、緊張か、未だに速い脈を自覚しながら、改めて鍋を手に取る。

料理完成までまだまだ時間は掛かるというのに、
この空気、この動揺、どうしてくれるんだ、風間さん。







「ご馳走様、美味かった」
「お粗末様」


お互い感情が表情や所作に出づらいのは利点と取るべきなのだろうか。

結局料理の過程が中盤に差し掛かった頃にはいつも通り、
不定期に雑談して、ネットニュースを見る風間が時折読み上げるような。

ご飯を食べ終えてからはまた短くボーダー関連の話題が挙がり、
スマホに表示された21時のデジタル数字を見た風間は席を立った。

特に散らかしてもない荷物をまとめ、鞄を肩に下げて玄関先で靴を履く。

その風間の様子をじっと見つめていた。
靴を履き終え、玄関のドアノブに手を掛けた風間が振り返る。


「風間さん」
「ん」


振り返って幾度か瞬きを繰り返す赤い瞳。
静香の住むアパートの前には妙に明るい街灯があり、妙に逆光が目立った。

明日には遠征部隊は発つ。
それもタイミング的に明日は会えない。 だから次は、


「・・・気を付けて、」
「あぁ」


火谷隊で遠征行った頃はボーダー初の試みながらそこそこ成功を収めた。

・・・そうか、遠征行くとなった際に別れたことがないのか。
同じ部隊だった彼は共に行くか、共に残るかだったから。

その後特に紡ぐことなくどこか心配げな表情の静香をじっと見やる。
風間は一瞬考えた表情を見せた後、「そうだな」と呟いた。


「?」
「お前が作る酢豚を食べてみたい」
「・・・練習しとく」
「待ってる」


静香の返答に笑みを浮かべた風間は、ひらりと手を振ると玄関の扉を閉めた。



■君は変なこと言うんだね



(だって帰りを待つのはこっちなのに)





 
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