短編棚風

□お前の反応が解せないが
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ボーダーに入隊すると決め、旧ボーダー本部である玉狛支部に訪れてから、
トリガーを初めて起動した日から走り込みをすることが日課になった。

定期的にコースを変えると三門市内の地図もかなり覚えた気がする。

それにランク戦で使用されている市街地は三門市内を模倣しているため、
走りながら「ここランク戦で戦ったところ」と思い返せるのは面白く感じた。

ランニング特有の軽装で時折人とすれ違う歩道を駆ける。

看板が見えだした少し先にあるコンビニは大学に近く、
学生もよく立ち入ってるようで若い客が目立つ。

たったった、と走りコンビニの前で立ち話している若い人を数人追い抜いた、
瞬間、背後から「山吹!」と声を掛けられて思わず足を止めた。

聞き馴染んだ声は、人の影からひょっこりと顔を出す。
周囲の男性と頭1つ分ほど低い背はかなり見覚えがあった。


「あら、風間さん」


通り過ぎたコンビニを歩いて戻ると同時に、
風間も人から掻き分けて姿を見せる。


「精が出るな」
「ありがと」
「少し待ってろ」


足止めの言葉だけ残して踵を返し、出てきたばかりであろうコンビニに
入っていく風間を疑問符を浮かべながら見送る。

周囲には風間の大学繋がりと思しき友人が数名居て、
興味深げな視線が静香に向けられていた。 ・・・なんとなく気まずい。


「風間と知り合い?」
「てか俺学内でこの人見たことあるよ」
「高校から学校一緒なの、私もボーダーだし」
「あっ、この人じゃね? 噂の山吹さん」


どんな噂が流れているんだ? 困ったように眉を寄せて笑う静香に、
周囲は納得したような反応を見せてひたすら頷いている。

程なく同じボーダー隊員である諏訪や木崎の口から名が挙がると聞いて、
今度は静香が納得した表情を見せた。


「えー美人さんじゃん、なんであいつら言わないのよ」


好奇心を宿らせた瞳が静香の顔を覗き込むように見つめる。

・・・前よりも人への恐怖心が減ったとはいえ、初対面の男は怖いには怖い。

思わず背を後ろに退かせるとコンビニの自動ドアが開き、
出てきた小さな影は静香の目の前に居た男の横腹を迷わず正確に突いた。


「あいって」
「やめろ」
「風間さん、」
「風間おかえり」


ん、と短く返答した風間は男を引っ張り、静香との間に割って入る。

そして風間は今しがた購入したばかりであろう、
シールだけ張られたココア缶を静香に差し出した。


「ありがとう」
「大丈夫か?」
「うん」


礼を述べて受け取った缶のプルタブに早速指を引っ掛ける。

その様子を見ていた大学生の雰囲気が先程までと一転。
静香を口説きかけた男はニヤリとした笑みを見せ風間を見つめていた。


「風間ったら過保護〜」
「ほっとけ」


短い言葉で一蹴した風間は呆れたように息を吐く。
そんな会話の傍らで静香は開封した缶を傾け、ココアを口にした。

冷たい飲料は運動の後だと身に沁みる。 美味しい。
顔を綻ばせる静香に風間が表情を和らげた矢先、すっと赤い目が細くなった。


「・・・山吹」


不意に呼ばれ顔を上げると風間の手が頬に伸びる。
夏場のわりに少しひんやりした指先は静香の頬に触れて微かに撫でた。


「? ・・?」


疑問符を浮かべたままの静香に、風間はなんとも言えぬ表情を浮かべたまま、
静香の前髪を指で除け、手の平を額に押し当てた。

額を抑える手に押されて背中が微かに逸れると、
それを固定させるように背後に腕を回して肩を掴まれた。


「っ、わ」
「お前熱ないか」
「え、」


風間の手がひんやりしているのかと思ったら自分が熱いらしい。

ただランニングを行う直前で身体のだるさや、
風邪の気配は感じなかった、だから日課を遂行していた。


「熱い?」
「顔が赤い」
「さっきまで走ってたから、」

「・・・・・」
「そんなに凝視されても」


疑いを掛けられているような瞳だが内容が内容なだけに嫌悪感はなかった。
本当か? そう言わんばかりの鋭い視線が近距離で静香の顔を捉えている。

火照ってたらしい頬は自分は指摘されるまで気付いておらず、
本当に走り込みの影響、だったはずだが、
また別の熱を感じ始めた静香は少しだけ眉を下げた。


「・・・、このままだとない熱も出そうだな」


苦笑いを見せた静香は風間の腕を押してするりと抜け出すと、
残りわずかに残っていた缶を飲み干してゴミ箱に投げ入れた。

振り返っては風間とその友人達を全員視界に収める。


「ココアありがとう。 また後で」


静香は手をひらひらと振って本部への道、正確には連絡通路へと走ってく。

一連の流れを見ていた風間の友人である大学生達はと言うと、
不思議そうな表情をしていた風間に視線が集まり、口を覆っていた。


「コイツマジか・・・」
「ド天然こっわ〜・・・」
「・・・、・・?」



■お前の反応が解せないが



(この季節なら疑うべきは熱中症か・・・?)
(風間マジかぁ・・・)
(お前マジか・・・)





 
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