短編棚風

□君が案外心配してくれる
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「いくら治るのが速いと言っても程度によっては1日じゃ完治しないのよね」


トリオン体換装の解説を終わったらしい太刀川や嵐山とも合流し、
ボーダーで一息付いて、じゃぁ今日は解散という流れになった。

しばらく立ち話無駄話もしたが日が暮れる頃になると、
風間と静香は同じ方角に向けて今朝方歩いた道を折り返す。

オレンジ色の日差しが差し込む住宅街を歩く中、
足音ばかりの環境音が響く中、不意に静香はそう口にした。


「無論浅い怪我ほど治りが速いわけだけど、
 この回復速度を気味悪がる人が手加減してくれるはずもないわけで」


侵攻で酷い怪我を負い、入院していた静香が退院後に事情を告げた。
彼女の語りからそれが父親であると察する。

ゆっくりと、しかし淡々と述べる静香の隣を歩きながら、
風間は彼女が続けるだろう言葉を黙って聞いていた。


「傷跡は消えてるけど僅かに痛むとかはわりとあったの」
「あぁ」
「ところで陸上部って毎日のように走るでしょ?」


転換された話題に、彼女の語り出した理由が『答え合わせ』だと気付いた。

陸上部から熱烈スカウトがあったのにも関わらずそれを一貫して断った、
という話は彼女の存在を知ってからは随分耳にした話だった。

風間は断っていた理由までは知らなかったが、
迅との会話の際には「風間さんなら理由を推測できるよ」と言っている。

だから推測はした、が、第三者が居た手前、
その場で聞くことはなく後で答え合わせをしてくれと告げた。

その答えが今、彼女の口から明かされている。


「怪我なり痛みなりあれば確実にタイムは落ちるよね」
「落ちるだろうな」
「頻繁にタイムが落ちたらいろいろ怪しまれるし面倒になると思って」


だから、元凶が生きているうちは、陸上部は入れなかった。
そういう意図のある発言を残すと静香はゆっくりと目を伏せる。

どうやら最初はごく普通の家庭だったらしい。

けど幼少期に大怪我をして、病院に運ばれたら大したことなくて。
父親が娘へ不信感を持ち出した頃から家庭の空気が悪くなって。

小学生の頃、似たようなことがもう1度あるとその疑念は確信に変わって。
気味悪がった父親は静香に攻撃を向けるようになった。

母親は父親ほど気味悪がりはしなかったが、
自分の娘に暴力を奮い出した旦那が怖くなって逃げるように家を出た。

そんな人だとは思わなかったのだと、彼女は聞いた。


「自分の娘を化物なんて言って攻撃しちゃうんだから人間は怖いよねぇ」


・・・その能力があることを、人に知られるのを恐れる人だった。

昏睡から1日明けて目が覚めた彼女は、風間から容態を聞いた後、
担当医に気味悪がられてるんじゃないかと重く溜息を吐いた。

・・・最初からどこかに事を明かせていたら或いは・・・
いや、ただでさえ他人にはない能力、人に話すには躊躇われるか。

実際その能力があったから、彼女は父親はそれを気味悪がり暴力を奮った。
そもそも過ぎたことはどうしようもできない。

険しそうに眉を寄せる風間は少し視線を落とし、
再度隣を歩く静香に視線をやった。


「・・・今更だが、武器を持った人間に襲われるのは大丈夫なのか」
「うーん、さっきやった分は平気、だったよ」
「ならいい」
「武器が包丁だったら怯えたと思うな」


安堵したのも束の間、さらりと続いた言葉に思わず絶句する。

ブラックジョークなのか本心から出たのかも判断しかねる、
淡々とした声のトーンに風間は足を止めた。

静香はゆっくりと振り返っては表情の変わらないまま彼を見つめている。


「冗談だよ」
「・・・・笑えない冗談はやめてくれ」
「ごめんね」
「お前の方が心配だ」


彼女は口元を緩めてゆっくりと目を伏せた。



■君が案外心配してくれる



(日本ってこんなに平和だったのね、やっと理解したよ)
(・・・・・)
(・・・風間さん百面相みたいになってる)
(ほっとけ・・・)





 
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