短編棚風

□お前は知らなくてもいい
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学校の帰りにボーダーに寄ろうと合流しある程度慣れた道を歩いていた頃、
不意に静香の視線がある建物の前に止まり歩みが遅くなった。

隣を歩く静香が急に失速し、どこかに視線を向けている。


「山吹?」
「あ、ごめん風間さん、先行ってていいよ」


自身にはそこまで気に留めなくてもいいという意図を込めて、
先に行くことを促したが、釣られた風間は足を止めたままだった。

静香が足を止めた建物にはいくつもの紙が丁寧に貼られ、
どの紙にも建築物の内部情報と家賃の表記がされている。

・・・不動産か。


「一人暮らしを、しようと思っていて」


風間が建物を把握したのとほぼ同じ頃、ぽつりと呟くような独り言。

相談でもなくただの報告染みたそれは大学進学を控えた高校3年生であれば、
それほど珍しくもない内容だが、風間は言いようのない違和感があった。

第一次侵攻以前の彼女の家を知っていたわけでもないが、
侵攻で家を失くした静香が今どこに住んでいるのかを知らないのだ。

学校明け、ボーダー明け、帰っている様子ではあるがどこかを知らない。

今は一人暮らしではなかったのか。
とすると今は誰かと一緒なのか。

そもそも今寝泊まりをする建物は『家』と呼べる場所なのか?

聞きたいことが山程浮かんでは消え、大半は無粋な質問だと呑み込み、
風間は結果、「そうか」とだけ端的に相槌をした。


「・・・何か手伝えることはあるか?」


それが引っ越しになるかは彼女の言葉だけでは読み取れないが、
どうせによ寝泊まりする環境が変わるならしばらく慌ただしくするのだろう。

ランク戦片手間の引っ越し作業は人手が欲しいだろうと見越した発言だった。
浅い相槌と共に数秒考え込む静香が僅かに視線を上げる。


「服を、買おうと思っていて」


中学高校と違い、大学には制服が存在しない。

生活が新たになり私服を着る機会がぐっと増えるとなると、
服を買い足す必要がある人間はきっと一定数居るのだろう。

成程、荷物持ちか。

思えば少し前に彼女はあまり私服を持ってないと零していたかもしれない。
数着程度ならさておき買い込むのなら確かに男手が欲しいだろう。


「でもまともに服買うの数年ぶりだし、正直戸惑っていて」
「・・・? 待て、山吹」


ただの荷物持ちとは考えづらい語りに舵が向き、思わず待ったを掛けた。
口を閉ざした静香は数度瞬きをして風間を見つめる。


「女の服選びに男を付き合わせる気か?」
「・・・だめ?」


数拍の後、口元を緩めるように悪びれない様子で浅く笑みを見せた。

自分の予想と、違った方向から、手伝いを求められている。
僅かに眉を寄せる風間の様子に気付いた静香はまた浅く笑った。







「再三言うが女物は分からんぞ」
「再三言うけどそれでいいよ、客観的に変じゃなければ」


それから数日明けた休日、空の買い物カゴを片手に携えた風間を傍らに置き、
デパートの服売り場に足を向ける静香の姿があった。

大学は制服ないのが不便ね、と笑いながら零した彼女は、
躊躇いを見せつつもハンガーに掛けられた商品を見回している。


「服選びで重要視することは?」
「・・・なんだろう?」
「色や形の見た目は」
「着るのに躊躇わなくて派手じゃなければ、」

「肌触り、着心地」
「あー、そうね、それは大事かも」
「休日会う時はズボンが多いようだが」
「制服以外でスカート持ってないってのが正しいかな・・・
 スカートが嫌いなわけじゃない、と思う」


店内をぐるぐるふらふらと歩きながら目当ての品を探す静香の傍で、
彼女からの要望を引き出しに回る荷物持ちの風間。

上下アウター各2着程をカゴに放り込んだ頃、風間が「山吹」と声を掛けた。

声に反応して振り向くとハンガーが付いたままの服を押し当てられる。
膝下でひらりと揺れた布は白く、静香はハンガーごと服を抱えた。


「ワンピースかぁ」


上から下まで真っ白な、清純さが眩しいノースリーブのワンピースだった。
僅かな感嘆の息を纏いながら傍にあった全身鏡で姿を見つめる。

髪自体の色素が薄い分、白のワンピースは明るすぎる気がしたが、
アウターに暗めの色を持ってこればバランスが取れるのだろうか。


「似合うと思った」


着れそうかなと思い出した頃に隣から追撃の褒めに数度瞬く。

いくつかの細やかな秘密を共有した、親しい友人の言葉だった。
彼の言葉に弱い自覚が全くないわけではない。


「・・・買おうかな、」


再度視線を鏡に戻して目を細めながらぽつりと一言。
買い物カゴが静香の前へスッと差し出された。







大袋2つに収められた服を腕に携えてデパートの出入り口付近に戻ると、
傘無しで出歩くには躊躇われるほどの雨が降っているのが伺えた。


「結構降ってるね」
「傘は?」
「折り畳みならあるけど・・・この雨の中移動は億劫だな」


確かに予報では雨が降ると言っていたが、
数十分か1時間程度の局地的なものだったはずだ。

まさか買い物の終了時間と被るとは思っていなかったが。

ざーざーと降りつける雨音に浅く溜息を吐く静香の傍ら、
風間は不意に踵を返し、モール内へと引き返していく。

疑問符1つ、思わず呼び止めると彼の足が止まり静香へと振り返る。


「雨が落ち着くまで俺と居よう。 時間潰しにはなるだろう」


数度瞬きを繰り返した静香は僅かに目を細め、
表情を和らげると「ん、」と短く相槌を打ち、風間の背を追った。


「おやつにでもする?」
「美味そうなフレンチトーストの店があった」
「食べたいんだね。 いいよ、そこにしよう」


「(・・・まぁ、どれも口実であることは)」



■お前は知らなくてもいい



(我ながら欲張りだな・・・)
(・・・カロリーの話?)
(そういうことにしておく)
(引っかかる発言ね)

(家の場所の目処は立っているのか?)
(大学付近なら行き来楽だろうなとは)
(拠点扱いか・・・)
(ボーダーと大学近くで泊まるとこあれば便利だと思うのよね)





 
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