短編棚風

□君は意地悪そうに笑った
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個人ランク戦のスペースに1人で訪れた風間は、
入って早々マッチング板に顔を上げた。

普段は全画面でブースの空きを表示している画面だが、
今の上部はある組み合わせでの対戦の様子が映し出されている。

上下で山吹と影浦という名が表示されており、
不定期ながら見覚えのある組み合わせだった。

勝敗を分ける◯と×の表記はバラついてはいるが、
やはり感情受信体質のサイドエフェクトを持っている影浦が優勢か。

10本勝負だったらしく残り数戦を影浦が封じた結果、


『10本勝負終了、4対6。 勝者、影浦雅人』


4対6で決着した終了アナウンスが響くと観戦者から各々声が上がった。


「やっぱ影浦さんつえー」
「あの勢いはやばいわ、怯むもん」
「降格さえなけりゃなぁ」

「山吹さん負け越し初めて見たかも」
「あの人ポイント5桁近くなかった?」
「なんか、彼女は上手いよね」


各々に反応を見せる観戦者の声を聞きながら、
風間は静香が居るだろうブースの出入り口に視線を向けた。

1分もすればブースから背伸びをした静香が出てくる。
数部屋を間に挟んで対戦相手だった影浦も姿を見せた。


「どうしても勝ち越せないなぁ」
「ずっと刺さってっからな」

「やっぱ東さんに感情の消し方教えてもらうべき?」
「別に山吹はそれでいいだろーが」
「えぇ、なんで」
「山吹捕まえんのは勝敗二の次だっつってんだろ。
 つーか来てんぞ、風間さん」


影浦が指した方向に静香が目を向けるとコートのポケットに手を突っ込んで、
ブースの前に立っている2人を見ていたらしい風間が居た。

「ほんとだ」と短く呟いた静香は風間に向けて手をひらひら振る。
その様子を見ては風間も短く手を上げた。

風間の所在を教えるなり目的は果たしたと言わんばかりに通路に向かって
歩き出した影浦を見送り、静香も階段を軽快に下りては風間に駆け寄った。


「風間さん見てたの?」
「8戦目の途中から」
「ちょうどやられっぱなしのとこじゃん」


眉尻を下げて笑う静香に風間はふ、と笑った。

そそくさと出て行った影浦の姿はもうどこにも見当たらない。
周囲に居る者もほとんどがC級、隊を組んでいないB級だった。

・・・もう彼女に声を掛ける者は居ないだろう。

風間は静香に向けて手招きをすると何も言わずに通路に入っていく。
疑問符を浮かべながらも静香は彼の後を追った。

だんだん人気がない通路に入り込み、一角に設置された自販機と
それに向かい合うベンチの前で風間は足を止めると静香を座らせた。

彼はその右隣に腰を下ろし、更に脚をベンチに乗せるように横に並び、
静香の肩に背中を合わせる。 凭れ掛かるように頭を静香の右肩に乗せる。


「風間さん寝るの?」
「寝る」
「はいな」


緩く短く会話を済ませると静香はポケットからスマホを取り出した。

スマホ操作を続ける静香の傍らで、
ベンチに脚を伸ばした風間からは微かな息遣いが聞こえる。

人気や物音、喧騒がない分、普段は聞き取れないような些細な音も拾えた。

5分もすれば息遣いも規則正しい寝息に変わり、彼が寝落ちたことが分かる。
10分近く経てば人の足音が2人分耳に届いた。

何事もなく通り過ぎるはずだっただろう足音は、
壁から覗き見えた静香と目が合うと「お」と呟き足を止めた。

諏訪と堤だった。 2人とも少しばかり驚いた表情を浮かべている。

スマホを片手に持っていた静香は太腿にスマホを置くと、
唇に人差し指を寄せて静かにとジェスチャーをして笑って見せた。

微笑ましそうに笑う堤、諏訪はしばらく2人を交互に見つめ、
小声で「ごっそさん」とだけ述べて手を振り去っていった。

20分もすると肩に頭を乗せていた風間が身動ぎしたせいか、
肩から滑るようにずり落ちていき、一旦山吹の右手で支えられた。

・・・とは言え眠っている成人男性は流石に重い、
片腕で支えきれるわけもなく風間の頭は静香の太腿へと吸われた。

・・・まぁ、座りながら顔上げて眠るよりはこっちの方が体勢も楽か。
意図せず膝枕になったが、静香はそれ以上動かすことはなくスマホを弄った。

40分ほど経っただろうか、ぐっすり眠っていた風間の目が不意に開く。
寝る直前と違う視点に思わず瞬きを繰り返す。


「おはよ」
「・・・おはよう、」


寝起きで少しばかり掠れた若干トーンの違う声。
微睡みながらも返事しつつ、風間は幾度か瞬きを繰り返す。

寝返りを打つように視点を天井に向ければ、
スマホを触っていたらしい静香が見下ろしていた。


「・・・こんな体勢だったか?」
「風間さん勝手に滑り落ちちゃって。
 こっちの方が身体痛めなさそうだったから」
「そうか、 ・・ありがとう」


少しずつ覚醒に近付いてきた風間の声、ゆっくりと身体を起こした。
そんな様子を見守るような表情の静香。

風間は再度幾度かの瞬きを繰り返すと「山吹」と呼んだ。

名を呼ばれ反応を見せた瞬間、肩をぐっと抱き寄せられ、
視界いっぱいに風間の顔を広がり、唇が重なる。


「・・・!」
「礼」


ふ、と柔く向けられた笑みに言葉が出なかった。



■君は意地悪そうに笑った



(顔赤いぞ)
(かざ、風間さん・・・・)
(ん)
(不意打ち良くない・・・)

(一応呼びはした)
(呼びはしたって、)
(名前の方がいいか? 静香)
(・・・破壊力凄いなぁ、)





 
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