OP 短編―U―
□the wan moon
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珈琲、紅茶、ココア?アルコールもいいかもしれねぇ。
さて何にするかと見渡してふと止まったのは、食器棚の隅に置かれた彼女のお気に入りのマグカップ。
淡い海のような色は綺麗だけれど、犬なのか猫なのか、そもそもこれは動物か?って思ってしまうほど奇妙な柄が入っている。
いつだかそれを言ったら「知らないの!?」と目をこれでもかって程見開いて驚かれた。
そんなカップを大事そうに使う彼女が俺は不思議でならなかった。
だってなぁ…………ネズミ、だぜ?
キッチンを預かる身としてはいただけねぇ柄じゃねぇ?
そんなカップを手にとってみればまるで新品のようにピカピカで、あぁそうだと思いつく。
このカップを借りて、彼女の好きなシナモンミルクティーを淹れよう、と。
シナモンの香りで眠気は余計に来なくなりそうだけど、どうせもう眠れやしないだろうし。
コトコトとミルクと紅茶の甘い香りが漂い、なんとなくざわついていた心が落ち着いてくる。
それをカップに移しシナモンスティックを添えて、ゆっくりと混ぜる。
「眠れない?」
揺らめく白い湯気の向こう側、彼女は苦笑いしながら立っていた。
「努力はしたんだけどね。ルフィのお陰で牧場は大損失」
牧場?と首を傾げる彼女にただの独り言だよ、と肩を竦めた。
カップを少しだけ持ち上げて、飲む?と短く聞くと彼女はゆっくりと首を横に振る。
じゃ、とカップに口を付けると、砂糖は入っていないはずなのにやたら甘ったるいミルクが喉を通っていった。
残るのはシナモンの香り。
シナモンの香りが心を乱し始めたような気がして、やっぱり紅茶にしておけば良かったなと軽く後悔した。
「満月、だね」
短く区切って彼女はポツリと声を洩らした。
「そう、だな」
同じように短く区切って返すと彼女の眉が僅かに下がった。
「寂しい?」
彼女の言葉を聞こえなかった振りをして、一口含んで広がるシナモンの香りに二度目の後悔を始めていた。
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