OP 短編―U―
□the wan moon
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目も、鼻も、喉の奥も、何もかもが熱くて。
必死に堪えていたのに、もう限界だった。
喚き散らせるほど俺は子供じゃなくて、堪えられるほど大人でもなかった。
だから肩を震わせて静かに泣いた。
彼女は冷たい身体で俺を抱きしめ、背中を撫でてくれた。
それでも、俺は彼女を抱きしめてやれない。
それが悔しくて、もどかしくて、情けなくて。
何度もごめんを繰り返した。
この気持ちがちゃんと彼女に届けばいいなんて勝手なことを願いながら。
どれくらいそうしていたのか分からない。
彼女のカップからはもう白い湯気は出ていないからかなりの時間がたったんだろう。
謝罪しか出て来なかった彼女の口から違う言葉が聞こえて慌てて顔を上げた。
泣き笑いの彼女がもう一度「ありがとう」と。
好きにならせてくれてありがとうと。
ほんの少しでも私を想ってくれてありがとうと。
あなたを好きになってよかったと。
「ごめんって言葉、間違ってた。……サンジ、ありがとう」
花が咲いたような真っ直ぐで眩しい笑顔で彼女は言った。
「近いうちにさ、」
彼女の身体からそっと離れて袖で涙を乱暴に拭った。
あんな綺麗に笑われたら、なんだか急にみっともなく泣いてしまったことに恥ずかしさが込み上げてきた。
「近いうちにさ、俺もそっちいくから。そん時はよろしくな」
鼻をすすっているのはなんとも情けないけれど、精一杯の虚勢をはって笑って言った。
会心の笑顔だった、と思う。
刹那の沈黙の後、
「当分来なくていいよ。」
目を細めてからりと晴れた空のように彼女は笑って。
消えた。
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