長編小説〜Double Helixシリーズ〜完結

□邂逅
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「婚約!?」

「おいおい、そんなに大きな声出すんじゃネエよ!」

レオリオは慌ててゴンの口を塞いだ。

「ゴメン、ついびっくりしちゃって。
でも俺達と幾つも違わないのになんで婚約?」

「お前ホント何にも知らねーなあ。
この学園は特に名家のお坊ちゃんが多いだろ?
そういう家っつーのは、生まれて来た時から、連れ添う相手が決まってる事が多いんだよ。
家同士の契約、簡単に言えば、政略結婚ってやつだ。
キルアだって、名家中の名家だ。
きっとそういう相手が居るんじゃねーか?」

「ええ!キルアにも?!」

ゴンはまたもや素っ頓狂な声を上げた。
地域の特待生で入学したゴンに取っては、やはりこの学園に居るご子息達の複雑な家庭環境には思いも寄らない所が多かった。

「キルアの事は知らねーが、クラピカにはそういう決まった相手がいたんだろう。
ただ、今アイツには好いた女が居て、それで、最近元気が無かった。
つまり、そう言う事だ。」

キルアの恋愛成就の為「俺も一肌脱いでみるよ。」と言ってしまったはいいモノの、キルアでなくても受験シーズンにクラピカに会う事は至難の業だった。
結局ゴンは、クラピカと一番親しくしているであろうレオリオを捕まえて、最近のクラピカの様子について教えて欲しいと頼んでいたのだった。
『休み明けから何だかクラピカが元気が無い様に見える、ハウスの後輩がみんなで心配していて、何か問題があるなら、クラピカを元気づけてあげたい。』
心優しいレオリオが、この申し出に乗らない筈が無かった。
それにいつも案じているクラピカの為でもあった。
確かに最近のクラピカは、自分たちの相部屋で勉強しだしたりして、レオリオの目から見てもおかしかった。

しかし聞き出せた内容はとても自分たちでどうこうできる問題ではなかった。
だから、クラピカの婚約とクラピカが密かに慕っている女性の話はゴンには伏せていようと思っていた。

のだが…、

「大丈夫、俺たちに任せて!
きっとクラピカが前みたいに元気になる様にしてみせるよ!」

という、全く根拠のない底抜けのゴンの笑顔に絆されて、とうとう話をしてしまったレオリオであった。

「そっか〜。
それでクラピカは元気無かったんだ。
それで、クラピカが好きな人って、誰なの?」

「知らねーよ。
そもそも知ってどーすんだよ。
好き合った方が不幸じゃねーか、どうせここ卒業したら結婚すんだからよ。」

「ふーん、どうせ、かあ…。」

ゴンには宿命めいた結婚の話が全く腑に落ちていなかった。
どうして好き合っている者同士が一緒に居られないんだろう。
きっとクラピカの好きな相手は女性じゃなくて、キルアの事だ。
クラピカからは直接聞いていなくても、ゴンは直感でそう感じていた。
だからクラピカは、キルアを避けている。
レオリオが言う通り、お互い好きであればある程不幸になるから。
自ら身を引く事で、始まってもいない二人の関係を終わりにしようとしているのだ。

「…そんなの…、」

「ん?何だ?」

「そんなの、間違ってる!!」

「おい、ゴン!?」

いきなりベンチを立ち上がり走り去ってしまったゴンに、レオリオは呆然と立ち尽くすしか無かった。

木枯らしが、走り去ったゴンの後を追う様に、ちりちりと音を立てて舞い上がった。



「ふう…。」

今日、一体何回目の溜息だろう。
窓の外に目を向けると、強い風に枯れ葉が心許なくたなびいていた。

躑躅色の豊かな髪を束ねると、ネオンは鏡の中の自分を見詰めた。
浅葱色の瞳が自身を見つめ返す。
ハッキリ言って容姿に自信が無い訳じゃない。
寧ろ良い方に属しているだろう。
少しばかり世間知らずな事は否めないが、一般女性として何ら劣っている所はないと思う。
そう自分に言い聞かせているのにこの胸の痛みは何だろう。

『クラピカが卒業して家に戻って来たら、晴れてお前達の結婚式だ。』

父親の発言を聞くや否や、嬉しさの余りクラピカの胸に飛び込んでしまった。
嬉しくて思わず溢れそうになった涙を隠したかった。
そっと抱き締めてくれた腕を思い出す。

けれど、またもや、不安になる。
今、彼はどう思っているのだろう?
自分を、そして自分との結婚を。
学校に戻ってしまったクラピカに、それを確認する事は出来ない。

あれからクラピカの様子は、普段と違っていた。
何時もなら、声を掛ければ、あの暖かな琥珀色の瞳を細めて、優しく名前を呼び返してくれた。
けれど、あれからのクラピカは何かぼんやりしていて、心此処に在らずといった風だった。
だから思い余って聞いてしまったのだ。

「クラピカ、私と結婚する事をどう思ってる?」

クラピカは暫く困った様な顔をして、そして私の頭に手を置いた。

「正直に言うが…分からない。
まさか、余所から連れて来られて、君と兄妹として育ったのに、結婚する事になるなんて。
君の事は実際、実の妹の様に思って接していたから…。
実感が湧かないと言った方がしっくりくるかな。」

そう言ってクラピカは困った様に微笑んだ。

ネオンは泣きそうな顔でクラピカを見つめていた。
解ってしまったからだ。
彼が、自分を愛していない事に。
クラピカはネオンの頭をぽんぽんと叩いて言った。

「そんな顔をするな。
君が複雑な思いでいる事はよく解る。
見ず知らずの私を、歴史在るこのノストラード家の愛娘の婿になど…、本来なら有り得ない話だからな。
けれど私には、君と何より父上には言い尽くせない恩義がある。
そして、私には恩義に報いる義務がある。
それが、君を幸せにする事なら、私は精一杯君を…、大切にするよ、ネオン。」

クラピカはまるで自分に言い聞かせる様にそう言った。

本当は、涙が零れそうだった。
一言一言が胸に突き刺さる。
父がクラピカとの結婚を告げた時、ネオンは嬉しくて堪らなかった。
ずっと前から、ネオンはクラピカを兄としてではなく男性として、好意を寄せていたのだ。
けれど、クラピカはこの結婚自体を義務感で果たそうとしている。
しかも、クラピカはネオンも彼同様、この話を父の命によって受けていると思っている。
愛されていない事実がネオンを深く傷付けた。

『私は貴方を愛しています。
だから貴方も私を愛して。』

そう泣いて縋りたい気持ちを無理やり抑え込んで、ネオンは微笑んだ。

「無理もないわ。
私だって、驚いているもの。
でも、パパには幸せになって欲しい。
早くにママを失ってしまって、男手一つで私を育ててくれた。
ママに義理立てして再婚もしないし、どんなに苦労したかと思うの。
だから、私はクラピカと結婚して幸せになるわ。
それがパパの望みだから。
パパの見る目は正しいわ。
貴方はきっと立派な跡取りになると思うもの。
私は貴方と一緒になって、パパを喜ばせたい。
だから私は貴方が幸せになる様、精一杯尽くすわ。
幸せになりましょう、クラピカ。」

「ネオン…。」

クラピカは何とも言えない表情でネオンを見つめていた。

『私には、君と何より父上には言い尽くせない恩義がある。
そして、私には恩義に報いる義務がある。
それが、君を幸せにする事なら、私は精一杯君を…、大切にするよ、ネオン。』

ネオンはこの時一つの決断をした。

その言葉は、ネオンにしてみれば、一縷の望みだった。
例え今、彼が彼女を愛していなくても、このまま何も起らなければ、彼は自分の夫になるのだ。
愛情はそれから育んで行けば良い。
自分は精一杯彼に愛される様に努力すれば良い。

それからのネオンは、今までの人生でこんなにがんばった事はないという位、献身的にクラピカに尽くした。
嫌いだった勉強も、料理も、裁縫も、更には理知的なクラピカに好まれる様、嫌いだった読者にも励んだ。
そして、クラピカがそばに居る時は、穏やかな微笑みを浮かべ、物静かでたおやかな女性で居る様努力した。
何より、甘い父親に漬け込んで、今まで言いたい放題だったわがままを、一切言わなくなった。
全てネオンなりに考えたクラピカが好むであろう女性像を、彼女は必死に演じ、成りきろうとした。
始めのうちは、余りに豹変してしまったネオンに、父親もクラピカも心配していたが、最近はその変化に馴染んでくれた様に思う。
そして、クラピカが自分を見つめる時の目許が柔らかくなった気がして、ネオンはその度に安堵に胸を熱くした。


けれど、彼が学校に行ってしまってからは、やはり不安に苛まれた。
愛されていないと言う劣等感が、強い不安を呼び起こす。

もし、クラピカに愛する人ができてしまったら。

その不安は、寝ても覚めてもネオンの頭から離れなかった。

そして、とうとう彼女は行動に出たのだった。
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