長編小説〜Double Helixシリーズ〜完結

□岐路
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晩餐が終わると、クロロは早々に自室へ戻って行った。
クラピカとキルアは、ネオンを寝所まで送り届ける事となった。
ネオンの寝所まで、クラピカもネオンも一言も言葉を発しなかった。
キルアも何も言わず、二人に付いて行った。

「見送りには私も行く。
父上に連絡を。」

「分かったわ。
お休みなさい、クラピカ。」

「お休みネオン、また明日な。
明日はウチの自慢の図書室に連れてってやるよ。」

キルアの言葉に、口元だけで笑みを作った伏し目がちのネオンの瞳は、ドアが閉まると共に目の前から消えた。

クラピカは深い溜息を吐いた。



二人は暫く並んで無言のまま歩いた。
長い廊下を抜けて本館を出ると、噴水を有する大きな広場に出る。
外に出ると、晴れ渡った満天の星空が二人の頭上に広がっていた。

「うわ、凄っ!
久しぶりだな、こんなに星が見えんの。」

まるで今までの重苦しい雰囲気が一掃されるかの様な星空と、キルアの発言に、思わずクラピカも口を開いた。

「本当だ…。」

その一言で、クラピカは先ほどまでの憂鬱な気持ちが、少しは晴れた気がした。

「色々とネオンが迷惑を掛けた。」

クラピカは改めてキルアに詫びた。

「だから、気にしてないっての。
明日も学園長お墨付きで授業サボれるんだから、寧ろ感謝したい位だぜ?」

そう言うと、キルアはポケットに手を突っ込んで、悪戯っぽく笑って見せた。

「そんな事より、いいの?ネオン。」

「構わん。
こんな勝手な事をして、許したりする程私は甘くない。」

「でも、アンタの事思い詰めて思わず来ちゃったんだろ?
結構ショック受けてんじゃねーの?
あんな、けんもほろろなあしらいじゃあ。」

「いいんだ。
それでなくても父親が甘やかし気味でワガママに育ってる。
少し位厳しく言わないと分からないんだ。」

キルアは苦笑した。

「ふうん。
じゃ、俺が明日慰めといてやるよ。」

クラピカは驚いた様にキルアを見て、眉をしかめると、些か怒った口調で応えた。

「頼んでない。」

キルアは意味深な笑顔を浮かべて言った。

「涙目の美少女をほっとけるほど、無粋じゃないんでね。」

クラピカは思わず息を飲んだ。

確かにネオンは可愛い。
外に出る機会があれば、モテるだろう。
まさかキルアはネオンを?
キルアが年の近い魅力的な女性としてネオンを見ているのかもしれない、と思い至った途端、俄かにクラピカの腹の底が熱くなった。

「ああ見えて、まだまだ子供だ。」

言い放った言葉に多少の刺々しさが滲んでいた事は否めない。
それでも、クラピカは何故自分が、フィアンセであるネオンに興味を抱かれた事ではなく、ネオンに興味を抱いたかもしれないキルアに腹を立てているのか、判っていなかった。
クラピカは、キルアに裏切られた気分でいた。
自分の恋愛感情にはとことん疎いクラピカには、それがどういう事なのか、未だに自覚できないで居るのだった。

「あのさあ…、」

キルアは窺う様な表情を浮かべた。

「まさかとは思うけど、俺は彼女の事をどうこう思って言ってるんじゃないぜ?」

核心を突いたキルアの言葉にクラピカは何も言えず、それでもキルアを疑いの眼差しで見ていた。

「たださ、何か彼女にシンパシー感じちゃうってかさ、分かるなあって。」

クラピカの眼差しが疑念から疑問に変わった。

「分かる?何が?」

「ほら、やっぱアンタはそんな風だしな。」

キルアはヤレヤレと言う様に頭を振った。
クラピカは憮然とした表情でキルアを見ていた。

「ネオンは本気でクラピカの事好きなんだぜ?」

「分かっている。
ただ妹が兄を心配しての行為としては、度が過ぎていると言ってるんだ。」

そうじゃねーんだよなぁと呟きながらキルアは髪をガシガシ掻くと、溜め息を吐いた。

「…もういいよ、クラピカ。」

そう言うと、キルアはクラピカに向き直り、対面する形で立った。
そして、すっと息を吐くと、口を開いた。

「俺、知ってるんだ。
ネオンはアンタの妹だけど、婚約者なんだろ?
そんで、アンタは卒業したら彼女と結婚して、ノストラードを継ぐんだろ?」

ヒュッと息を飲み込む音がした。
それと同時に心臓が止まった気がした。
クラピカは固まった様に動かない。
瞬きすら、できないでいた。

そして、耳が痛くなる様な静寂が訪れた。
僅かな風が二人の間を吹き抜けた。

クラピカをじっと見つめていたキルアが、口を開いた。

「どうしてアンタが俺と会わない様にしてたか、ずっと悩んでた。
凄く…、苦しかった。

でも、アンタの結婚の話を聞いて、それが理由なんだって思った。
けど、それでも、自信なかったから、ここへ来たんだ。
アンタとネオンに会いに。」

クラピカは立ち尽くしたまま、ただキルアの話を聞いていた。
もう、思考が付いていかない。
疑問の言葉も、訂正の言葉も、何も出てはこなかった。
ただ、祈る様な気持ちで、クラピカはキルアを見つめていた。

「クラピカ。」

ずいとキルアがクラピカに向かって一歩踏み出した。
思わず後退りしたクラピカの両腕をキルアが掴んだ。
想像以上に強い力に、クラピカは思わず逸らした瞳を合わせた。
彼の瞳は真っ直ぐクラピカを見つめていて、表情は真剣そのものだった。
そして、腕を掴むキルアの手が酷く冷たく、しかも僅かに震えている事に気づいた。

「どうして、俺を避けてたの?
婚約決めたなら、余計俺に言ってくれてもよかったんじゃないの?

今日のアンタを見て確信した。
今のアンタは全然幸せそうじゃない。

今だってそう。
なんでそんなに怯えた顔すんの?」

クラピカの体がピクリと震えた。
キルアは強い目線のまま、言葉を継いだ。

「結婚する事が、アンタが決めた事で、それでアンタが幸せなら、俺はすっぱり諦めるつもりだったんだ。
けど、少なくとも今日アンタを見てて思った。
アンタはちっとも幸せそうじゃなかった。

アンタはまるで学園っていう牢獄に閉じ込められた鳥みたいだ。
アンタの居る場所は此処じゃないし、ノストラード家でもない。

アンタの人生は、アンタが決めるんだ。」

キルアの言葉が、深く強くクラピカの心を抉った。

キルアがどうしてクラピカの多くを知っているのか、今やクラピカにはどうでも良くなっていた。
寧ろ、キルアがクラピカ悩みの根本を言い当ててくれた事で、クラピカの迷いの枝葉が綺麗に取り払われた。

そうだ。
この学園に来る事も、彼の国の大学に行く事も、ネオンとの結婚も、ノストラード家を継ぐ事も、全て自分で決めた事ではなかった。

物心付いてこの方、私は私の人生についての決定を自身で下した事があっただろうか?

私の人生は、私のモノだったのだろうか?

しかし、だからと言って今更何ができると言うのか?

「でも、どうやって…、」

クラピカは独り言の様に呟いた。

「俺、此処を出ようと思ってる。
アンタも知ってる通り、俺んとこはあんなんだろ?
あの家に帰れば、親父の言う通り、俺はあの家継いで、名門ゾルディック家を護って行くんだろう。
壊れた兄貴の代わりにね。
兄貴がああなったのは、ウチの所為でもある。
恵まれてるって思う人間も多いけど、俺はそんな人生はイヤだ。
たった一回きりの人生なのに、決められたレールの上を走るなんて。
俺はそんな為に生まれてきたんじゃない。

世の中には俺の知らない事が沢山あるし、色んな人達がいる。
辛い事も多いだろうけど、もっとワクワクする事が一杯あると思うんだ。」

クラピカは眩しそうに瞬きをした。
そう話すキルアの表情は決意をした男のそれだった。

「だから、クラピカ、俺と一緒に此処を出よう。

俺はアンタの自由と幸せを必ず約束する。誰の為でもないアンタ自身と俺の為に。

もし、アンタが今でも俺の事思ってくれてて、自分の人生を自分の力で歩いて行きたいって思ってるなら…、

一緒に行こう、クラピカ。」

蒼く澄み切った偽りの無い瞳。
クラピカの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

それでも、クラピカの口からは、一言も発される事はなかった。

星達は静かに二人の上で瞬いていた。

キルアは何かをポケットから取り出すと、クラピカの手を取ってそれを握らせた。

「アンタと一緒ならどんな事だってきっと楽しい。
アンタはきっと来るって…、信じてる。

でも、強制はしない。
アンタが決めればいい。

だから…、」

「っ…!?」

いきなり掴まれた腕を引かれ、バランスを崩したクラピカの唇に、キルアの少し冷たい唇が重なった。
壊れ物を扱う様な口付けは、すぐに深く熱くなり、キルアの想いが唇から伝わってくる。
クラピカは泣きたくなる様な想いで、キルアの口付けを受け入れていた。

キルアは無理矢理自身をクラピカから引き剥がすと、いなす様に頭を振って、クラピカを強く抱き締めた。

「ゴメン。
もう二度と会えないかも知んないかもって思ったら、止まんなくなっちゃった。

クラピカ、アンタが好きだ。
大好きだ。

アンタが来てくれるって、…信じてる。」

そう言ってクラピカの首筋にキスを落とすと、キルアは踵を返し走り去って行った。


残されたクラピカは、立ち尽くしたまま、暫くキルアの消え去った方を見ていた。
そして、握っていた手をゆっくり広げ、キルアから渡された物を見た。

クラピカは崩れる様にその場に跪く(ひざまずく)と、星空に眼差しを向けた。

星屑の様な涙が、琥珀色の瞳から、次から次へと溢れては、零れて落ちた。



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