長編小説〜Double Helixシリーズ〜完結

□旅立
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ドサドサッと雪が落ちる音で意識が浮上し始める。
僅かに頭を窓の方へ向けると、カーテン越しに鈍色の雲が見えた。
肩口から冷気が入ってきて、思わず布団の中へ潜りたい衝動に駆られる。

ベッドボードの時計を見上げれば、後15分で起床の時間だった。
このまま二度寝をすれば、遅刻しかねない。
クラピカは意を決して、ガバリと布団から起き上がると、ゆっくりとストレッチを始めた。




「おはよう、レオリオ。
今日はヤケに早いんだな。」

教室に入ると、何時もはギリギリでやって来るレオリオが机に腰かけていた。

「昨日のテストで数学が悪くてよ。
ちょっとお前に聞きたくて。」

「私がか?
構わんが、役不足かも知れんぞ?

しかし寒いな。」

教室の中なのに、吐く息が白い。

「ああ、流石に雪は堪えるな。」

クラピカはレオリオの隣に座ると、何とはなしに彼の顔を眺めた。

「なんだよ?」

「夏の方が良かったなって。」

俄かにレオリオの顔が、耳すら真っ赤になった。

「な、な、なんだよ、いきなり!」


クラピカはレオリオの狼狽振りに驚いた。

「気に触ったなら済まない。
日焼けしたお前の方が、お前らしいなと思って。」

レオリオは胸をなで下ろして零した言葉は胸の内に閉まった。

『顔が近いし、誤解するってーの!』

そんなレオリオの様子に頓着無く、クラピカは言った。

「しかし、Aレベル上位のお前なら私に聞く事も無かろう。
しかも、お前と私とは専攻が違うし。
アドミッション・テストの相談は受けられんぞ?
それこそ、私の範疇外だ。」

「いや、そうでもねえんだよ。
そのAレベルの数学がよぉ。」

しょうがないなと笑って、レオリオのテキストに向かう。


そう言えば…、


心は遙か遠くに舞い戻る…。




『え〜、意味わかんねー!
大体さあ、こんな数式、社会人になっても絶対使わねーよ!
てか、覚えてらんねー。』

そう言ってあちこちに自由に跳ね回る銀の髪を掻きむしって、キルアは何度もペンを投げた。

『そんな事よりさあ…、』

そう言って、いきなり顔を寄せてくる。

『何言ってるんだ。
お前は毎晩校則違反承知で、此処に勉強しに来てるんだろう?
これ位の数学が解けないようでは、とてもAレベルの大学には行けないぞ?』

私は彼を引き剥がすと、机に向かわせた。
話していれば分かる。
元々聡い子供なのだ。
真面目に授業を聞いていれば、あっという間にクラスのトップ位には成れるだろう。
カレッジャーだって可能かもしれない。

一度聞いた事がある。

『なんで真面目に勉強しないんだ?
お前の頭なら、学年トップも狙えるだろうに。』

『学年トップでカレッジャー?
生憎俺はブランド志向じゃないんでね。
アンタは全然そうじゃないけど、カレッジャーなんて、カレッジャーになる事自体に価値があるなんて思ってるバカばっかだぜ?
肩書き全部引っ剥がされたら生きていけない様な奴らと、一緒にされたくないんだよ。
それに、そういうブランドに集(たか)る蝿みたいな奴らも、兄貴ん時にイヤって言うほど見たしね。』

『ゾルディックだって充分ブランドだろうに。』

珍しくキルアの目線が鋭くなった。

『だから留学したんだ。
ゾルディック家って名前が効かないトコで、どんだけやれるかチャレンジしたかった。
俺はあの家に縛られない生き方をしたい。』

そう言ってキルアは窓の外に挑むような視線を向けていた。




『なあ、聞いてる?』

我に返ると、蒼い瞳が間近にあった。

『あ、ああ、すまない。

でも、勉学はしておいて損はないんだぞ。』

『いーんだよ、別に俺はオックスブリッジに入りたいなんて思ってる訳じゃねーし。
てかさ、そもそも俺の目的はアンタなんであって…』

何時もそう言って距離を詰めてくるキルアに焦って盛大に溜め息を吐き、此方もまた常套句を吐く。

『そうか、お前がやる気がないなら、私の部屋への入室は厳禁にするしかない。
明日からはゴンと一緒に勉強する事だな。』

『分かったよ〜、も〜。
ちゃんとやるからさ、ちょっとだけ協力してよ。』

『本当か?』

『モチベーション上がんないと成果なんて出ないもんだろう?』

それはそうだと頷くと、やにわに下顎を掴まれ、いつの間にか膝立ちになったキルアに口付けられる。
顎と後頭部を固定され、上向かされた頬に銀色の柔らかな髪が触れる。

『キルア、これの一体どこが…』

『だからモチベーション。
ちょっとだけだから黙って。』

合わされるだけの口付けはあっという間に深くなっいて、知らぬ間に絡め捕られた舌を吸われると、思わず鼻から甘い息が漏れた。
まるで彼の指の様に器用に動き回る彼の舌は、唇を歯列を上顎を蹂躙し、それに応じて否応無しに息も体温もどんどん上がっていく。
撫でられたりして気持ちが良いのとは違う、もっと切羽詰まった快感。

何も考えられなくなって、ただ追い詰められる様にキルアの舌に応えるうちに、不埒な指が顔から首筋、腕を伝って腰をまさぐり始める。
加速度的に溜まる躯の熱を紛らわす様に、私の指は彼の髪を弄り、彼の首筋を引き寄せている。

『んっ、』

いつの間にかたくし上げられたシャツの下から、少し冷たい手が脇腹から胸へ撫で上げる。
すっかり過敏になった躯は、彼の些細な動きにも甘美な快感を感じ取り、湧き上がる熱は急速に下腹部に蓄積される。

これ以上どうしようもなくて、やるせなさが口付けをより深く熱く激しいモノにする。
粘膜を直接刺激し唾液が混ざり合う口付けという行為は、直接的にその先にある躯の熱の交換を想起させ、その先に向かう決意の無い私は、この体内にたぎる熱の遣り場に困り焦燥感を抱いてしまう。
そんな風に私がジリジリし始めると同時に、キルアの唇が私の唇を離れ、首筋へ、耳の裏へと移動する。
彼の熱い息遣いが耳元に感じられて、更に躯が熱くなる。
手は優しく躯を愛撫し続け、いつの間にか外されたボタンを避けながらキルアの顔が胸元に降りてくる。

このまま先に進みたい、もっと快感を感じたいと本能的に感じる反面、先に進んではいけない、取り返しが付かなくなると強く警笛を鳴らす理性がせめぎ合う。

『っキルア…、』

息も絶え絶えに、下がりつつある彼の頭に手を添えれば、何時もより鋭く輝く蒼い瞳が現れる。
キルアはその些細な私のサインを受け取ると、いつもそれ以上事を進めなかった。
僅かに眉根を寄せるが、直ぐに優しく微笑んで、ゆっくり起きあがると柔らかな口付けを私の額に落とした。

『よし、やる気出た!』

そう言う彼の声が僅かに上擦っていて、私は俯いてしまう。

彼は私を待っていてくれているのだ。
私がその一線を越える事に逡巡している事を彼は気付いているだろう。
けれど、無理矢理にではなく、私の想いに歩幅を合わせてくれている。
しかもあくまで自分がそうしたのだと、私を庇って毎回のこの行為を良い意味で軽くしてくれていた。

もう伝える術(すべ)は無いけれど、今になって思う。
私は毎度のあの儀式の様な甘い時間を、寧ろ期待していた。
そして私は、毎日もっと先へ進みたいと思っていたんだと。





「ねえ、本当にいいの?」

「いいんだよ。」

ゴンは少し強張るキルアの横顔をじっと見詰めた。

今日はクラピカ達の卒業式だった。
キルアがクラピカに会わないと言ってから、一年近くもあったのに、本当にキルアはクラピカと会話どころか会う事すらしなかった。
確かに俺達はそれなりに忙しかったし、キルアは空手の合宿やら試合も増えて、気が付けば一年経っていたって感じなのかも知れないけど、それでもキルアにとってはかなり辛い一年だったろうと思う。

決めた時まで待つと言ったキルアに、俺はクラピカの事を根掘り葉掘り聞くなんて事はしなかったけれど、キルアのクラピカへの想いは事ある毎に痛い程感じた。
それ程、遠くにクラピカを見つけた時のキルアの視線は、彼の想い全てを載せたモノだった。

でも、今日は卒業式なのだ。
卒業生は今日を限りに学園には来ないし、俺達は明日から長い夏休みに入る。
今日クラピカに会わなければ、キルアがクラピカに会うのは至難の業だろう。
クラピカはこの国の大学ではなく、自国の超有名大学への入学が決まっていて、しかも、入学と同時にフィアンセと結婚する事になっている。
ここ最近二人が接触を持ったとは思えないし、キルアには何時も通り何の変化も無かった。
もしかしたら『決めた時』は過ぎていてキルアはクラピカに会えなかったのかも知れない。
だから尚の事、卒業式に、学園生活最後の日には、表向き先輩後輩としてだけでも良いから、最後は二人で会って欲しいと願った。
だって、今だってキルアもクラピカもお互いを想ってる。
二人と話す俺だけが確信出来る。

だから俺は、卒業式が終わり卒業生達がホールから正面玄関へ出て来るところで、クラピカを捕まえようと、キルアに提案したのだけれど…。

「気い遣ってくれんの嬉しいけど、本当にいいんだ。
お前だけでも行ってこいよ。」

「キルア…。」

「俺、もう行くからさ。
夏休み中連絡するよ。」

「本当に?
本当にいいの?キルア…、」

黒塗りの車に乗り込んだキルアは、何も言わず正面玄関から去って行ってしまった。

その時、もっとキルアと話してれば良かったと後悔する事になるなんて、その時の俺には思いもよらなかったんだ。



「よう、ゴン!」

キルアの車が去った方向を見詰めたままの俺の背後から、明るい声が聞こえた。
振り向いた先には、卒業生のマントとハットを身に付けたレオリオが居た。

「レオリオ、卒業おめでとう!
最難関の医学部に進むんだよね、本当に凄いよ!」

「はは、人より歳喰ってっからなあ、まあ実力ってヤツだ。
楽勝、楽勝!」

そう言ってレオリオが親指を立てたと同時に、冴えた少し高めの声がおりて来た。

「誰が楽勝だって?」

「「クラピカ!」」

そこにはやはり卒業生のいでたちをしたクラピカが腕組みをして立っていた。

「全く、アドミッション・テストの当日に寝坊して、起こしてやったからギリギリ試験受けられたのはどこのどいつだ。」

「お前後輩の前でそう言う事言うなよ〜。
最後なんだからさあ、ビシッと決めさせてくれよ〜。」

「充分恰好良いよ、レオリオ、すっかり紳士って感じだ。
それにクラピカも…」

改めてクラピカを間近で見る。
ハットはとってしまっているが、濃紺のマントに金髪が眩く、やっぱり綺麗だと思う。

「クラピカ、総代のスピーチ、凄く感動したよ。
近い大学に行くものばかりだと思ってたから、すぐ会えるって、俺…、」

ああ、これがこの人をこの学び屋で見る最後なんだと思った途端、俺の目から涙が零れた。

「ゴン、ありがとう…。
またいつか必ず会おう。
生きていれば、絶対無理な事なんて事はそうそうないさ。」

そう言って、クラピカは優しく俺の肩に手を置いた。

「おうよ。
俺は直ぐにお前の結婚式に呼ばれるからまた直ぐにお前に会えるしな!」

驚きで涙は瞬時に止まった。

「結婚?」

クラピカは結婚すると決めてしまったのか。
では、キルアは…。

「入学に結婚なんて良い事づくめだよな〜。」

「レオリオ…、」

見上げたクラピカは、困った様な微笑みをレオリオに向けていた。

キルアの想いは届かなかったんだ。
なのに俺はまだ二人は会話していないんだと早合点して…、キルアに酷い事を言ってしまった。
あんなに好きで振られた相手に、また会えと…。

「そう言えばゴン、キルアは一緒じゃないのか?」

クラピカの顔が強張ったのが分かった。

「キ、キルアは家が急用みたいで、慌てて帰っちゃったんだ。
二人にも宜しくって。」

俺はそう言うのが精一杯だった。

キルアに謝らなければ、切羽詰まった思いが心に渦巻き、その時の俺には、クラピカがどんな表情をしていたか、知る余裕など無かった。




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