長編小説〜Double Helixシリーズ〜完結

□胎動
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『ったく何なんだよ一体。』

キルアは、何度目か分からない寝返りを打った。
本当は大声で喚きながら頭を掻きむしりたい位ジリジリしているのだが、向かいのベッドに眠るゴンの背中が規則正しく上下しているのが見えるので、騒ぐ訳にも行かず尚更悶々としてしまう。

『こういう時は、やっぱ個室がいいよな…。
そう言えば高学年のカレッジャーは個室が与えられてるんだっけ…。』

と思い至った瞬間、またもやとりつくしまのない、澄ましたクラピカの顔が頭に浮かんで、キルアは今度はバフッとうつ伏せになると頭から枕を被った。

『何でそんなに毛嫌いされなきゃいけねぇんだよ…。』

キルアの思考はずっとその辺りをぐるぐる回っている。

『確かに俺だって最初はちょっと取っ付きにくいかなって思ってたよ。
けど、あんなあからさまな態度なんて取ってないじゃん!
だから俺が悪いんじゃない、絶対アイツが悪ぃんだ。』

そう決めつけてしまえば、普段はスッキリする筈が、今回は何故かそうはならない。
そもそも、元々気に食わないタイプの人間なのだ、例え嫌われたって気にする必要はなかった。
今までだって、ゾルディック家と言うだけで、嫉妬や対抗意識、家同士の確執で、キルアに反感を持っている人間も少なくなかった。
そんな輩には取り合わなかったし、気にもならなかった。

『なのに、何で俺、こんなに気になるんだよ…。』

今回はその想いが、何よりキルアをイラつかせていた。

遠くでフクロウが鳴いている。
気が付けばすっかり深夜を回っていた。

『理由が分からないから気になるんだ。
今度会ったら絶対聞き出してやる。』

キルアはそう結論付け、この堂々巡りの疑念を強制終了した。



「クラピカ!」

「ああ、ゴン、また分からない所があるのか?」

夕暮れ迫る図書室で何時もの様に本の整理しているクラピカが目を上げると、カウンター越しに泥だらけのゴンが立っていた。

「酷い格好だな。」

クラピカは苦笑した。

「ゴメンねクラピカ。
一応床は汚さない様に気を付けては来たんだけど。
試合近いから部活に気合入ってて。
で結構遅くなっちゃった。」

「私ならいつでも構わないのに。
夕食まで余り時間がないぞ。」

「ううん、いいんだ。
余りみんなに聞いてもらいたい話じゃないから。」

「何だ?」

「レオリオと話したよ。」

クラピカは、名門ラグビー部のキャプテンであるレオリオから、ゴンをサッカー部から引き抜く事に協力して欲しいと、頼まれていた。
編入生でいきなりカレッジャーになった無名のクラピカには、嫉妬や反感を持つ同級生は居ても、友人と呼べる程親しくする者は居なかった。
ただレオリオは違った。
彼は落第した所為でクラピカと同級生ではあるものの実質先輩だったが、誰とでも別け隔て無く付き合える寛容さを持つ人間で、ともすると浮いてしまうクラピカを、何時も気に掛けてくれていた。
唯一と言っていい友人の為なら、なるべく力になりたいと、かねてよりクラピカは思っていた。
だからクラピカはゴンに、レオリオと会うだけ会ってくれないかと頼んでいたのだった。

「そうか、済まなかったな、無理を聞いてもらって。」

「ううん、でも結構面白そうだなって思ったんだ、俺。」

「でもお前はサッカー部のエース候補だろう?」

「うん、そうなんだよね。
でもラグビー部も面白そうなんだ。
だから、どうしようかなって思って…。」

「それは…、最終的にはお前が決めるしか無いんだが…、ただサッカー部は今年度はパブリックスクール対抗戦で首位奪還を掛けて頑張ってるんだろうから、お前が抜けると相当モチベーションが落ちるだろう?」

「うん、だから俺、サッカー部は辞めるつもり無いんだ。」

「だったら、私に気を遣うことはない。
レオリオにも元々無理だと言ってあるから…。」

「だからね、両方やるのってどうかな、と思って。
兼部とかならいいかなあって。」

「兼部!?」

「うん!いいアイデアでしょ?」

「いいアイデアって、お前、それは体力が持たないぞ。」

「ヘヘーン、大丈夫。
俺、体力だけは自信あるんだよね。
それに…、」

真っ直ぐな鳶色の瞳が、クラピカを捉える。
クラピカは何だ?と言うように、小首を傾げた。

「俺が、ラグビー部入ったら、クラピカの役に立てるんでしょ?」

クラピカは僅かに眉をひそめた。

「…ゴン…、私の事などどうだっていい。
お前がやりたいようにすれば…、」

「でも、ラグビー部が面白そうだと思ってるのはホントだよ。」

そう言って、ゴンは明るく笑った。

「シャワー浴びてからじゃなきゃ流石にカレッジホールには行けないよね。」

そう言ってゴンは扉に向かった。

「今度、ヒソカ先生に、そもそも兼部が出来るのかとか、聞いてみるね!」

そう言って、あっという間にゴンは駆け出した。

「待て、ゴン!
ヒソカ先生には、アイツには気をつけた方がいい!
あまり近付くのは止めておけ!
アイツは…、」

クラピカの声が誰も居ない図書室に反響する。
ゴンの足音は既に遠く、クラピカの声は届いていないだろう。

「ヒソカ…、」

クラピカは俯くと唇を噛んだ。



学園の裏側にひっそりとある木立を抜けると小高い丘がある。
お気に入りのその場所で、芝生の上に寝そべる。
学園の喧騒も此処迄は届かない。
コマドリが二羽、囀りながら飛んでいく。
流れ行く雲を眺めていると、ここが学園である事を忘れさせてくれる。

この丘に来ると、必ず心は懐かしい思い出に還っていく…。

俺達のホームはその丘に建っていた。
あの日の事を、俺は昨日の事の様に覚えている。
あの日、お前はオヤジに連れられて、初めてホームにやって来た。
ドアを開けて入って来たお前は、まるで小さな太陽の様に輝いていた。
そしてお前は、無垢な瞳と小さな手を一杯に広げて、

「こんにちは。」

と俺の名を呼び、首に抱きついた。
髪に顔を埋めると、お前はお日様の匂いがした。
そして間近に顔を近づけたお前は、

…俺に微笑ったんだ。

その笑顔は眩しい位に輝いていて、その瞬間、お前は俺の「天使」になった。
俺はもう一度お前をぎゅっと抱き締めると、誰にも気付かれない様に泣いた。
そして俺は決めたんだ。

ーーーーー 一生お前の為に生きていこうと。
お前の幸せ、お前の笑顔の為に、そしてこの世の祝福をお前に捧げる為に、生きていこうと…。ーーーーー

「クロロ。」

はっと我に還る。
木立から声がし、クラピカが現れた。

「遅くなって済まなかった。
ランチボックス、魚しか残ってなかった。」

「ああ、構わない。
どうせ肉だって大して美味く無いんだし。」

クロロは起き上がって、芝生に座り直した。
クラピカはランチボックスをクロロに渡すと、隣に腰掛けた。
目を細めて町並みを見下ろしていたクラピカが口を開いた。

「ここは本当に落ち着くな。」

「ホームの丘に似てるからな。」

「そうだな。
ここにこうやって座っていると、あの頃お前と丘の上で、やっぱりこうして座って居た事を思い出す。」

「珍しく感傷的だな。
何かあったの?」

イヤと首を振ると、クラピカはランチボックスを掲げて、「食事にしよう。」と微笑んだ。

「オヤジが寂しがってたぞ。
お前の様子は何時も俺からしか入って来ないって。」

「ああ。
同じ事を義父からも言われた。
オヤジには…モラウさんには、本当に不義理をしている。
時間が経ってしまったから、電話やメールじゃ失礼だと思って、手紙を書こうとしてるんだが、いざ書くぞと思うと中々筆が進まなくてな…。」

「お前、それは言い訳だよ。
来ない手紙なんかより、電話で肉声聞かせてやる方がよっぽど喜ぶだろ?」

「そうだな…。」

柔らかな陽射しの中、穏やかな時間が過ぎて行った。


「それから、これ。
お前が編入する前のテキスト。
参考になるか分からないけど、今度俺のノートも持ってくるよ。」

「いつもすまない。
普通の教科なら何とかなるんだが、この学園ならではの授業は流石にな…。」

「エリート向け帝王学とか?」

「紳士とはかくあるべき…とかな。」

そう言ってクラピカは声を上げて笑った。
クロロはそんなクラピカの様子に目を細めた。
変わらない。
あの時見せた笑顔は、今も変わらず天使の様にここに燦然と輝いている。
射干玉色の瞳には、笑う金色が温かく写り込んでいる。

そして暫く黙って、クラピカは言った。

「お前のお陰でここまで来れた。
この学園に来て思う。
お前がどれだけの知識を私に授けてくれたのか。
ここの独特のアクセントや言い回しだってお前が教えてくれなければ絶対身に付かなかった。
私は本当に恵まれている。
だから、クロロ、
私は夢を叶えたい。
お前と一緒にだ…。」

クロロは少し驚いた様にクラピカを見たが、直ぐに歯に噛む様に微笑んだ。

「うん。
俺も叶うと良いって思ってる。
オヤジも喜ぶだろう。」

「ああ。」

クラピカはまた町並みに目を向けた。
爽やかな風がサラサラと金糸を揺らす。
その瞳は、強い光で輝いていた。

「あ、ヤバい、もうこんな時間だ。
俺、授業の準備しなくちゃ。
じゃあクラピカ、また。」

「遅刻はだめだぞ。
じゃあな、『ルシルフル先生』。」

笑顔で見送るクラピカにクロロは片手を上げて、クラピカにしか分からない位の小さな笑顔を見せた。

『恵まれているのは…、
感謝しなきゃいけないのは…、
俺の方だ。
俺の方なんだ、クラピカ…。』

クロロは唇を噛み締めて、校舎へ足取りを早めた。



最近ゴンは部活が忙しくて、キルアと一緒にランチを取る事が無くなっていた。
クラピカの事でむしゃくしゃしていたキルアは、ハウスの同級生とワイワイガヤガヤとランチを食べる気にもならず、早々にランチを済ませカレッジホールを出ると、ぶらぶら学園を歩き始めた。

『あれ?こんなトコあったんだ。』

どうやってクラピカに問いつめるのか、とか、どのタイミングでとか、色々考えながら歩いていて、ふと気が付くと、キルアは来た事の無い小さな森の様な場所に居た。
どうやら何棟か立ち並ぶハウスの裏手の様だ。
鳥達の囀りしか聞こえず、学園だと知らなければどこかの森林公園だと思うだろう。
暫く歩くと明るく開けた場所が見えた。
広場に出ようとした瞬間、木立の合間から眩い金髪が視界に入った。
足を止めて目を凝らすと、やはりそれはクラピカだった。
しかも、その横顔はキルアの見た事の無い、無邪気な笑顔だった。
余りの可憐なその笑顔に、暫くキルアは息も吐くのも忘れて見とれていた。
暫くそうしていると、連れが立ち去った。
キルアの場所からは、それが誰だか伺い知ることは出来なかった。
そのままクラピカはそこに座ったままで、金に輝く後頭部だけが見える。
キルアは、さっきまでああ言ってやろうこう言ってやろうと思っていた事をシミュレーションして、意を決すると、深呼吸して木立から足を踏み出した。

ガサガサッと物音がして、クラピカは驚いてそちらを振り向いた。
この場所に人が来た事など無かった。
クロロも言っていた。
この場所は誰も来ない。
だから二人だけの秘密の場所にしよう。
教師と生徒ではなく、あの頃の二人でいられる、そんな心の拠り所にしようと…。

ところが、振り向いた視線の先には、

キルアが、居た。
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