長編小説〜Double Helixシリーズ〜完結

□深淵
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クラピカの言う通り、二人とも数学では思いも寄らぬ高得点を取り、無事に試験期間を終えた。
生徒達の多くが溜まったストレスを吐き出す様にスポーツに打ち込み始めた。
ゴンはリーグ戦に向けた猛特訓に入り、夜ハウスで会っても「おやすみ」を交わす位で、疲れ切っているのかすぐに寝付いてしまう。
キルアと言えば、空手部でやっと型を教えてもらえる様になって、そこそこ部活も楽しくなって来た。

「キルア君は筋がいいですね。
これなら来年くらいに対流試合をやっても良いかもしれませんよ。」

そんな事をウィングから言われ、悪い気はしないものの、本格的に運動部に肩入れする気が元から無いキルアは曖昧な笑顔を返した。

「キルアさん、凄いっすね!」

ズシが尊敬の眼差しでキルアを見上げる。

「そんな事無いって。
俺はそんなに一生懸命部活やろうなんて思ってないんだからさ。」

「勿体ないっすよ!
来年には試合出れる様に自分も頑張るッス!」

別に一生懸命打ち込むむべきものなど何も無いのだ、自分には。
ズシの真っ直ぐな瞳はゴンのそれに似ている。
青春を謳歌するその者達の眼差しは、常時も眩しくて直視できない。
ふっとあの真っ直ぐなヒトの瞳が目に浮かんだ。
彼もこの学園生活を充実して過ごしている様に見えて、あの瞳は何か別の蟠りを抱えている様に見えた。

ゴンが居ないとクラピカに直接話し掛けるのは躊躇われて、キルアは遠くからその姿を見詰める事が多くなった。
それでも目が合った瞬間、目元が優しく微笑むのを見ては、胸の奥から切ない思いが溢れ出て、何だか泣きたくなる。
キルアはその感情が何を意味するのか、何となく気付いていた。

最近よく夢を見る。
金色に輝く天使はキルアの側に降り立つと柔らかく微笑んでいた。
無垢に白いその手が優しくキルアの頬を撫でる。
淡い桜色の唇がキルアの名を呼ぶ。
思わずかき抱こうとする手をすり抜けて、天使はフワリと舞い上がって行ってしまうのだ。


「キルア。」

ある日柱廊を歩いていると、よく知った声が自分の名を呼んだ。
慌てて振り返ると、そこにはクラピカが立っていた。
ブルーのベストが陽の光を反射して金糸をより明るく輝かせる。

「クラピカ…、」

「…サッカー部の試合、お前もゴンの応援に行くのだろう?」

「ああ、勿論。
今度は決勝だからね。
今までのリーグ戦も全部応援行ったよ。」

「学園の生徒も多く応援に行っているんだろうな。」

「リーグで勝ち上がってくたんびにどんどん増えるって感じ。
今度は決勝なんだし、みんな行くんじゃねーの?」

「そうだろうな。」

「なんで?」

「ああ、実は、良ければ私も一緒に行って構わないか?」

『!?』

そんなのコッチからお願いしたい位だ。
キルアは高揚を悟られない様、努めて冷静さを保った。

「構わないけど、大丈夫なの?
学校の事いろいろやんなきゃいけないんでしょ?」

「一日位大丈夫だ。
ただ随分な人混みになりそうだから…。」

ああ、そうか、また誰かと不意に接触する可能性が高いから…、キルアは瞬時に理解した。

「レオリオは?」

「ああ、始めはアイツを誘ったんだが、ラグビー部も試合が近くてな。
あっちはディフェンディングチャンピオンだから、絶対負けられないって気合いが入ってる。」

俺は最後の頼みの綱って訳だ。
でもそれでも十分。

「大丈夫、任せて、アンタのボディーガード。
必ず俺がアンタを護るよ。」

クラピカは眉をひそめて言った。

「護ってくれなんて…、」

「言葉のアヤだって。
スタジアムでアンタが突然ひっくり返ったら、大騒ぎだろ?
安心して、アンタには誰にも触れさせないから。」

クラピカは申し訳無さそうな顔をした。

「すまない…、ありがとう、キルア。」

「全然、気にしないで。
俺の方がいつも世話になってるんだし。」

そう言って、キルアは心の中で思いっきりガッツポーズを作りながら、クラピカに笑顔を向けた。



窓を開けると、ひんやりした夜風が月光に反射する金色の前髪を揺らした。
立ち並ぶハウスに灯りが点いている部屋は殆ど見当たらない。
遠くで梟が鳴く声が聞こえる。

何故キルアにあんな事を頼んだんだろう。
最近キルアと会話する事が無くなっていた。
恐らくゴンがサッカー部の試合に掛っきりになっていて、私と話すきっかけが無くなったからだろう。
別段それに不都合がある訳でもなかったのに、柱廊の向こうにキルアの姿を見留めて、思わず私は彼を呼び止めてあんな話をしたのだ。
ゾルディック家の人間となど、およそ関わりたくも無く、その名を聞くだけで、心臓が不安で締め付けられるのに、何故かあの少年にはそんな恐怖感を感じなかった。
どちらかと言えば、あの海の様な蒼い瞳は、私を穏やかな気持ちにさせる。
彼がゾルディック家の人間である事も、私の秘密を知っている事も変わりはないが、それは彼に憎悪や警戒の念を抱かせるものにはならなかった。
何故なのか自分でも判らない。
けれどやはり不安は無かった。

クラピカは遠くに見える彼らのハウスに目を凝らし、「おやすみ。」とそっと呟いた。



ディフェンディングチャンピオンである敵校のサッカースタジアムは、ゴン達の学園から川を隔てて反対側にある。
古い歴史を持つ両校はパブリックスクールの双璧で、創立以来良い意味でライバル同士であった。
特にサッカーの様に歴史の長いスポーツの対抗戦となると、双方学園のOBまで応援に駆けつけ、正に伝統の一戦に相応しい一大イベントになる。
その因縁の対決の最終決戦ともなれば、全国各地から集まったOBや生徒、その家族達で、スタジアムは満員だった。

「すっげー人!」

「ああ、流石だな…。」

キルアとクラピカは混雑を予想し早めに学園を出たものの、スタジアムの最寄り駅は既に人でごった返しており、往来には本物かどうか怪しい両校のノベルティグッズを売っている露店までが連なっている。
在校生の応援シートに着いたのはそれでも試合開始の随分前なのに、スタジアムは既に多くの人々で埋め尽くされ、両校のエールの交換や応援合戦が既に始まっていた。

『こりゃあゴンの所に行けないな。』

早く着いたら、控え室のゴンに頑張れよと声を掛けたいと思っていたキルアだったが、在校生徒の席に着くなりそれを諦めざるを得なかった。

「クラピカ!」

「クラピカだよ!」

「わあ、クラピカだ!」

キルアとクラピカが席の近くに来るなり、多くの下級生から歓声が上がる。
学園では、彼がチューターを勤めるキルア達のハウス以外の生徒は、そうそうクラピカに声を掛ける事は出来なかった。
それ程、特に下級生にとっては、クラピカは憧れの的で遠い存在だった。
しかし、学校の外で、しかもこの高揚した雰囲気の中で、下級生達はこれを機にクラピカと話そうと、どっとその周りに群がった。
本人が気付かない他人からの接触を断つ為にボディーガードで連れ立って来たキルアとしては、片時もクラピカの側を離れる訳には行かないと再度意を決した。

それでも試合開始のホイッスルが響くと、皆一斉に席に着いて試合に集中した。
試合は前半は膠着状態でスコアレスドローだった。
FWでスタメン入りしていたゴンは身体の切れも良く、良く走り守備にも献身的だった。
ゴンと同じハウスの同僚達は、ゴンがボールを持つ度に、一際大声で応援したり、ホーンを吹き鳴らしたりした。
後半に入ると、ゴン達FWが強いと知った相手が、自陣に引いて守備を固くする戦法に出た為、なかなかゴールが決まらず、延長戦に入る様相を示して来た。

「大丈夫。
アイツ、スタミナ馬鹿だから、絶対決めるって。」

はらはら見守るクラピカに声を掛けたキルアの予告通り、後半終了間際に、かなり足の止り出した敵陣にカウンターで切り込んだゴンが、キーパーとの1対1の勝負を股抜きでシュートを放ち、この一戦に終止符を打った。

ウオーーーーッッッと、まるで地鳴りの様な大歓声がスタジアムを埋め尽くす。
ゴン達のチームを応援していた全ての人々が立ち上がり、それぞれがありったけの賞讃を彼らに送った。

「やったーーーーーっ!」

「勝った、勝ったよ!」

「また優勝旗を取り返したよ!」

「ゴン、スッゲーーーッ!!!」

誰もが興奮しハイタッチや抱擁をして喜びを分かち合う。
後ろに居たハウスの同僚と握手を交わしていたキルアの目に、ほんの一瞬、拍手を送るクラピカの後ろから、何人かの同級生がクラピカに抱きつこうとしている姿が目に入った。

「クラピカッ!」

そう叫ぶとキルアは反射的に手を伸ばし、その身をクラピカの背後に踊り込ませた。
キルアの声に瞬時に反応したクラピカの左手が、条件反射で背後を払った。
そしてその爪がキルアの左頬を掠めた。

「っ痛!」

「キルアッ!」

後ろを振り返ったクラピカの目には、一瞬頬から血を流したキルアが目に入り、その姿はすぐに、喜びでキルアの上に飛び込む生徒達で埋め尽くされた。



「っ痛ぇーなー…。」

キルアは腕で顔を拭いながらそう言った。

「本当にすまなかった。」

「ああ、アンタのじゃないって。
その後、アイツ等がのしかかって来た時にシートに頭ぶつけてさ。
ほら、ちょっとこぶになってるし…。」

そう言って、悪戯っぽく笑いながらキルアは頭を指差した。
表彰式が終わっても、ゴン達サッカー部のメンバーはスタジアムでまだ勝利のパフォーマンスを行っていて、歓喜はいつまでも続いていた。
またクラピカが興奮した観客から突然接触されても全くおかしく無い状況だった為、キルアはクラピカを連れて先にスタジアムを後にしたのだった。

応援に行っている者はまだ帰って来て居ないのだろう。
帰リ道には行きと違って生徒の姿は見当たらない。
すっかり夜の帳が降りて、晴れた夜空に星達が瞬いていた。
学園の門を潜ると二人は立ち止まった。

「じゃあ、クラピカはあっちだよね。
俺はこっちだから…、」

「ああ…、」

クラピカはそう言って少し俯いて、申し訳なさそうに顔を上げた。

「本当にすまなかった、護ってくれたのに、傷つけて。」

そう言いながら、長い白い指がキルアに伸ばされ、一瞬の躊躇いの後、そっとキルアの頬に触れた。

『!?』

口から心臓が飛び出しそうだった。
余りの衝撃に身じろぎもできないで立ちすくんでいたのは正解だった。
多分ポーカーフェースを保っている様に見える筈だろう。
恐らく耳まで真っ赤になっている事にも、この暗闇では気付かれないだろう。

「き、気にしないで。
大した傷じゃないし。
ってか、一応勤まった?ボディーガード。」

クラピカは柔らかく微笑んだ。

「ああ、完璧な護衛だった。
お前が居なかったらと思うとぞっとする。」

「じゃ、また必要になったら言ってよ。
今度は報酬を願いたいけど。」

そう言ってキルアは悪戯っぽく笑った。
もっと一緒に居たいと思うが、これ以上一緒に居たら頭か心がおかしくなってしまいそうだ。
それ程、この一日キルアは緊張しまくっていた。

「ああ、そうだな。
ありがとうキルア。
ゴンにもおめでとうと伝えてくれ。」

そう言ってクラピカは「おやすみ」と言って踵を返すと、クラピカのチェンバーの方向へ歩いて行った。
キルアはその姿が見えなくなるまで見届けると、勢い良く自分のハウスに駆けて行った。

なんて素晴らしい日だったんだろう!
随分色んな事を話したし、間近にその笑顔を何度も見た。
あのヒトはなんだか凄くいい匂いがして、何度も触れたくなるのを我慢した。
それに…、キルアは左頬をそっと撫でた。
あのヒトの白い指がオレの頬を触った…。
大声で喜びの声を上げたいのをやっとの事で我慢して、それでも隠し切れない笑顔のまま、キルアはまるで飛び上がる様に走って行った。

「キルア・ゾルディック。」

不意に木の陰から声を掛けられ、キルアは慌てて立ち止まる。
木陰からゆらりと木の影が動いてキルアの前に立ちはだかった。
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