(無意識の反則技)
『おはようございます』
『おはようございます。寒いですね』
そんな、言葉を交わす程度の存在だった。格好良い人だとは思っていたけれど、飽くまで目の保養と言うか、ご近所様と言うだけの…良く言えばアパートのお隣さん。それ以上でもなければそれ以下でもない。何の仕事をしているかも何も知らない、何となく歳は近いだろうなと言うぐらいの事しか知らなかった。
『いつも早いんですね』
ところが今日は、いつもの挨拶から少しだけ進んだ。お隣の横田さんから挨拶の次の言葉が出て来たのだ。その事に少し驚いたけれど、次の言葉も所詮は挨拶の延長である事に気付いて、あたしは仕事がなかったら昼ぐらいまで寝ていますと、簡単な言葉を返した。
『あはは、分かります。僕も休日なんかは起きたら昼なんですよ』
『休日無駄にしちゃったとか思うんですけど、起きれないんですよね』
どうしたんだろう。いつも挨拶程度の横田さんと挨拶以上の会話をしているあたし。横田さんの笑った顔なんて初めて見たけれど…ちょっと童顔な横田さんが笑うと、やんちゃな子供みたいな笑顔で、それがまた格好良い横田さんだから見惚れてしまうのだ。
『そういや僕が引っ越して来て1年ぐらいですけど、ちゃんと話すのって初めてですよね』
『そうですね、いつも朝の挨拶程度ですし』
今日は横田さんに何か良い事があったのだろうか、やけに会話が続いている。恐らくだて眼鏡だろう横田さんが掛けている黒縁眼鏡の奥の瞳が笑うと細くなって、凄く優しそうな印象だ。何となく会話が続いたまま二人して歩いているけれど、
『横田さんって確か車通勤でしたよね』
『そうですよ。でも今日は徒歩通勤にしちゃいました』
しちゃいました…って、これまた可愛い言い方をする。ぱっと見クールな印象なのに笑うと可愛いとか、話し方が可愛いとか、正直そのギャップは反則なんじゃないかと思う。
『今日は思い切って話し掛けちゃおうと思いまして。』
にっこりと笑って、あたしを見る横田さん。話し掛けるって一体誰に、とか思っていると横田さんはにっこり笑顔から照れた感じの笑みに変わって、勿論貴女にですよ、と付け足した。
『え…あ、あたし…ですか。て言うか何であたし…』
『えっと…』
何でまたあたしなんかに話し掛けようと思ったのか分からなくて、あたしとしては横田さんみたいなイケメンに話し掛けられちゃってラッキーとか思っていたけれど、横田さんの考えている事が全く分からないまま、小首を傾げていると横田さんは痺れを切らしたようにぱっとあたしの方向を向いて口を開いてこう言ったのだ。
『お、お近付きになりたいんです…っ』
だから何でまたあたしなんかに…と思ったけれど、それよりも言い方がやっぱり可愛すぎて取り敢えずあたしはノックアウト寸前だ。それに付け足すように、言い終わった後のこの笑顔…冬の寒い身体が一気に温まるぐらいのこのドキドキ感があたしを包む。
『なので、今日は沢山話しても良いですか』
『そ、それは別に…構わない…です、けど…』
横田さんが、あたしが構わないと言った途端にぱあっと明るい笑顔を向けるものだから、その後の言葉は言いそびれてしまったのだけれど、あたしも横田さんとは話してみたかったので、その言葉はあたしの胸に留めておこうと誓った。
(取り敢えず、笑顔が眩しいです)
冬なのに、春みたいな陽気なんです。
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