しょうせつ
□つきはみていた
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驚いた。ほんとにびっくりした。
視線をあげた先の、半径1メートル以内に、あのひとがいる。
だいすきな、あのひとがいる!
驚きすぎたあたしは、のぼり途中の階段につまずき、腕、ひざから盛大にこけた。
てをのばせばすぐ届く距離にあのひとがいること、
そしてその目の前で、子どもみたいにアスファルトにずりむけたこと、
混乱した思考回路はそれらを理解しきれず、ただ左腕と右ひざから赤い血が流れるだけだった。
地面からみる景色は、それまでと全く違う。
砂利道、それがどこまでも高くて突き抜けるほど青くて、深く緑が続く光景。陽が熱い。
暗い影が突然あたしをおおて、頭上から声が降ってきた。
「だいじょーぶ」
紛れもなくあのひとだ。やわらかくてやさしくて、どこか抜けた声。
あのひとの云った、だいじょーぶ、は心配や疑問というよりも、むしろ投げやりに響いた。
顔をあげた。半径50センチにあのひとがいた。
あたしに向かい合って、しゃがみこんで、のぞきこむようにしている。
あたしは、この蛙みたいにつぶれた情けない体勢のことなんかより、
いままで雑誌や映像でみた姿となにひとつ変わらない、目の前のその姿を想った。
細くて白くてひょろ長くて、インドア派なのにこんなアウトドアな森にいる、憧れだったその姿。
瞳が合っても離せなかった。もしかしたらあなたは、なんて訊けなかった。
黙ってさしだされているその華奢な左手ーあんなにも綺麗にギターを弾くあの手!ーを恐る恐る、血だらけの左手で摑む。
あのひとはこの腕をみて、ぎょっとしたようだけれど立ちあがり向こうを指差して
「あっちに、ほら手当てするとこ」
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